困難である。「ニッケル鉱金の足」や、「英語を話せばこれくらゐ」など、大劇場で盛に上演されつつあるものもあるが、長いだけに、どうも態々翻訳する気にはなれぬ。最初訳す積でゐた「村で一人の盗賊」は、代表作の一つに並べられてゐるものだが、今度読み返してみて、あんまり感心しなかつた。殊に主題の古さが目立つた。それで計画を変へることにした。
要するに、トリスタン・ベルナアルは、自分の猶太気質を、仏蘭西人の目で眺めてゐる作家である。そこから、独得とも思はれる寛大な皮肉が生れ、一見楽天家らしい厭世観が不気味な閃きを見せる。彼の機智は、クウルトリイヌのそれの如く奔放でない代り、一種の洒脱さをもち、「困惑」の状態を描くに当つて、彼は最もその妙所を捕へる才能をもつてゐるやうに思はれる。此の点、「ニッケル鉱金の足」や「英語を話せばこれくらゐ」ほど完全な見本はないが、以上の二作でも、その才能はかなり遺憾なく発揮されてゐる。
「困惑」の状態――それ自身、既に好個の笑劇的題材である。但し、見物を「困惑」させずに、「困惑」の状態を描き得るものは、そんなに多くはない。
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「近代劇全集 第十五巻」第一書房
1928(昭和3)年10月10日発行
初出:「近代劇全集 第十五巻」第一書房
1928(昭和3)年10月10日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月14日作成
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