のよ」――
彼女ははじめて、「どうにかしなければならない」ことに気づいた。
若くして貧しき男、その男との絶縁は、やがて、過去の悩ましき恋愛生活との離別である。
「なんていふ空虚だらう。あんたは、何もかも持つて行つてしまふのね」――
此の空虚は、重荷を下した後の力抜けに似たものではないか。
外国の作品、殊に戯曲に現はれる人物の白《せりふ》を通して、その人物のコンディションを知る為めには、余程の注意と敏感さが必要である。わけても、その国の社会状態を一と通り研究することが肝腎である。
今、此の「別れも愉し」について見ても、女の生活はすぐに解るとして、此の男が、果してどれくらゐの社会的地位乃至教養の程度を有つてゐる人物か、それがわからなければ、第一、作品を味はふことが出来ず、それをまた、誤つて解釈してゐる場合には、白の妙味は丸で消えてしまひ、却つて、不自然さや、破綻を、読者自ら作り出すことになるのである。
例へば、此の男を、高等教育ぐらゐ受けた青年紳士とでも思ひ違へて、一々の白を追つて行くと、誠に浅間しいオッチョコチョイに見えるばかりで、あの微笑ましい喜劇味が、作者のくだらない気取
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