Plaisir de Rompre)は千八百九十七年三月エコリエ社で上演せられ、現に、これも「赭毛」と共にコメディイ・フランセエズの上演目録中に加へられてある。人物は、この方は、寧ろプチ・ブウルジュワとも称せらるべき小産階級に属する男と、ドウミ・モンドとまでは行かないが、それに似た寄生生活を営む独身無職業婦人、さういふ種類の女とである。
 男は多分、会社か商店の書記であらう(彼が自負する唯一のものは「達者な筆蹟」である)小学校ぐらゐを卒業し、簿記学校へでも通つたか、兎に角、早くから家計を助ける為めに職に就いた、さういふ型の男である。
 此の年までに、いくらか文学書も読んだらう(ミュッセの詩ぐらゐは小学校でも習ふ)。いろんな話も聞いたらう。「自らパンを得る青年」として、彼の「小さな母」を煙に巻くぐらゐの舌はもつてゐる。学問はなくとも、そこは巴里で育つた仏蘭西人である。人並の洒落や理窟は何時の間にか覚えた。相手がそれほどの才女でなければ、「どうです、少しその辺を……」とかなんとか、あつさり云ひ出して見るくらゐの自信もついてゐる。
 女は、恐らく早く両親に別れ、その為めに貞操をパンに代へた一
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