に面をそむけてゐるらしく思はれる。しかも、その作中に漲る一脈清新の気は、抑も何処から来るのであらう。
「商船テナシチイ」「寂しい人」「ミシェル・オオクレエル」「巡礼」等の諸作を通して見たる戯曲家ヴィルドラックは、その緻密なる写実的手法を裏づけるに、かの詩人のみがよくなし得るところの「魂の直観」を以てした。彼は、「平凡」のうちに真理を、「単純な心」のうちに、尊き生命を見出した。
 かすかに片鱗を見せてゐる左傾的な批評精神は、寧ろ宗教と背中合せのものであるに拘らず、彼の本性とも見るべき人間的なつつましい愛によつてしめやかな光を放ち、何人の心をも潤はせずにはおかない。
 彼は最も真面目な意味に於ける「真面目な作家」である。
 その「真面目さ」は、「学校に行くことの好きな模範学生」のそれではなく、「学校に行くことは嫌ひであるが、学校から帰つて来て、母親の笑顔を見るのがうれしくてたまらない小学生」の真面目さである――と、或る批評家は云つてゐる。
 彼は実に、写実主義が生んだ唯一の理想主義者であり、その作品は、自然主義の筆を以て描かれた人生の最初の「美しき半面」であらう。



底本:「岸田國士全
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