ういふことがあつたとしても、ある程度までそれを許すことが、僕にはできたらうと思ふんです。家内《かない》が求めるものを悉く与へる力が、僕にはなかつたんですから……。
声――それなら、君は嫉妬といふものを感じたことはないか?
男――…………。
声――あるのか、ないのか?
男――それや、ないとは云へません。しかし、さういふ場合に、自分を嗤《わら》つてしまへばそれまでです。僕は女を信じないで、それをさほど苦痛とは思ひませんでした。家内《かない》も、さういふ点では僕に対して、これといふ隙を見せず、自然言ひがかりをつけやうにも、つける種《たね》がなかつたんです。
声――たゞなんとなく怪しいといふやうな素振りがあつたんだね。
男――あゝ、さういふ風に取れましたか。僕はそんなことを言つた覚えはありません。女を信じないのは家内《かない》と限つてはゐないんです。いや家内《かない》のことにしてもです。信じないといふ意味は疑ふ必要がないといふことです。瞞されても、瞞されたことにならないからです。さつき、嫉妬を感じたことがあるといふ風に云ひましたが、それは、例の愚にもつかない妄想の類《たぐ》ひで、女を愛したもの
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