モノロオグ
岸田國士

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【テキスト中に現れる記号について】

《》：ルビ
（例）逆《さか》さま

｜：ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
（例）一番｜辛《つら》い

［＃］：入力者注　主に外字の説明や、傍点の位置の指定
　　　（数字は、ＪＩＳ　Ｘ　０２１３の面区点番号、または底本のページと行数）
（例）※［＃「言＋墟のつくり」、第４水準２−８８−７４］

／＼：二倍の踊り字（「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号）
（例）つや／＼
＊濁点付きの二倍の踊り字は「／″＼」
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［＃ここから５字下げ］
花茣蓙を敷きつめた八畳の日本間、寝台、鏡戸棚、テーブル、椅子等、すべて安物の西洋家具。寝台には、掛蒲団がなく、マトラスだけになつてゐるところ、テーブルの上に椅子が一脚、逆《さか》さまに載せてあるところ、この部屋が、今誰にも使はれてゐないことを示してゐる。
装飾と云へば、壁に、新聞の新年附録らしい美人画が、鋲で留めてあるきりで、そのほか、何か「歴史的な」ものを求めれば、柱の一本に、四月十七日の日附が出たカレンダアがぶらさがつてゐる。
正面は障子。左手は、一間の床《とこ》の間《ま》と一間の押入。

曇つた日の午後四時過ぎ。

廊下で、ばたばたと跫音がする。
障子があく。女が現はれる。
派手なセル。流行遅れのショール。汚《よご》れた足袋。
部屋ぢうをひと通り見廻した後、彼女は呟く。
［＃ここで字下げ終わり］
［＃改ページ］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――ほんとだ。……やつぱし、ほんとだわ……。

［＃ここから５字下げ］
部屋の中を、あつちこつち歩きまはる。寝台に腰をおろす。
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――何処かへ越したんなら、この道具だつて持つてく筈だわ……。だつて、これみんな、要《い》るものばかりぢやないの、お神さんが、いくらで買ひ取つたか知らないけど、あたしに云へば、掛合ひ方だつてあるわ……。

［＃ここから５字下げ］
急に起ち上り
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――だけど、随分ひどい人ね、あたしに黙つて、帰つちまふなんて……。いくらなんでも、そんなことつてないわ……。

［＃ここから５字下げ］
椅子にもたれかゝり、涙ぐむ。
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――それや、一月《ひとつき》つていふのは、少し長すぎたけど、どうしても手の放されない患者だつたんですもの……。一晩《ひとばん》、代りを頼んでと思つたこともあるわ。でも、やつぱり、気がとがめて……。あゝいふ時、手紙のやりとりが出来ないつていふのは、一番｜辛《つら》いのね。会つてゐれば、話が通じないぐらゐ、なんでもないわ。西洋の男つて、みんなあゝかしら……。こつちの思つてることを、すぐ察してくれるし、口を利《き》かずにゐて、ちつともきまりがわるくない……。向うは向うで、独言《ひとりごと》みたいなことを云つてるんだけど、あたしは、そんなこと別に気に留めずに、可笑《をか》しければ、勝手に笑つたり、どうせわからないと思ふから、時々は、「馬鹿」だの「間抜け」だのつて、からかつてやつたわ。さうすると、しまひに、その意味がわかつたらしいの。「ワタシ、バカデス」つて云ひながら―――あゝ、よさう……あんなにいぢめられたことないわ……。

［＃ここから５字下げ］
突然、寝台の上に突つ伏し、涙声で
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――なぜ、そんなに急に行つちまつたの。あたし、今日も、うんとうんと、いぢめて欲しかつたのよ……。

［＃ここから５字下げ］
からだを起し、腰をかけたまゝ
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――変なもんね。あたしたち、あれから幾度会つたかしら……。去年の三月からだわ。一週に一度、十日に一度、長い時で二十日《はつか》も会はずにゐたかしら……。病院の附添を、一つ済ますたんびに、きつと来ることにしてたんだけれど、あの人は、何時《いつ》でも、愛想よく、あたしの肩に手をかけて、「ヨクキマシタ」つて云ふの。それだけで、あたしは、もう、うれしかつたんだわ。

［＃ここから５字下げ］
起ち上り、鏡戸棚の前に行つて、自分の姿に見入りながら
［＃ここで字下げ終わり］

［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］
――はじめつから、こんなことになるなんて知つてたら……。さうだわ、あん時のことを考へると、まつたく不思議なくらゐだわ。先生からぢかに、「君、今度の附添は、少し勝手が違ふかも知れないが、特別に気をつけてくれ」つて、さう云はれて、あたし、なんだら
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