てやしないこと、どうせ。
 ――むろん。
 ――あ、お腹が痛い。(急に)は、手袋でございますか、お安いところを、ビヤン・ムツスイウ!


ギャルソニエールにて

 ――よく来て下さいましたね。
 ――来たわ、また棄てられる気で……。
 ――冤して下さい。
 ――そんなこと云ひつこなし。あなた、ちつとも変らないのね。
 ――心だけは入れかへました。
 ――このつぎ入れかへるまで、可愛がつて頂戴。
 ――いやだなあ。
 ――また「いやだなあ」が始まつたわね。(間、いきなり立ち上り)何か飲まして……。


雨の夜

 ――ねえ、アンリイ、一寸こゝへおいで。
 ――また「お祖母さんが若い時には……」だらう。
 ――なるほど、お前たち若いものに、若い時分の話でもあるまい。……といつて、今のお祖母さんに、どんな話ができやう。


××にて

 ――あたしの宝……あたしの愛……あたしのキヤベツ……あたしの好きな好きな、いとしいいとしい人……あたしの狼……あら、いや、そんないたづらをしちや……豚!


之を要するに

 ――(夫の靴下を編みながら)それで、あなた方は、どうしようつておつしやるの。
 ――だから、われわれ女は、力を併せて、男の圧制から脱しなければならないのです。
 ――圧制つて、どんなこと。
 ――(靴下をちらと横目でにらみ)女を自分の都合のいゝやうに作り上げたことです。
 ――それはお互ひぢやないの。
 ――とにかく、われわれは、すべての点で、男の位置まで自分たちを引き上げなければなりません。
 ――(眼を編棒の先からはなさずに)おや、男つて、そんなにえらいもの?



底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「女性 第六巻第四号」
   1924(大正13)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年9月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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