れに乗じやうと待ちかまへてゐる。こんな風に云ふと、お前にはわからんかも知れんが、お前があんまり馴れ馴れしくすると、それをいゝことにして、向うでもだんだん馴れ馴れしくして来る。そのうちに、あの男の云ふことを、お前はいやだと云へなくなるんだ。いゝかい。そこが大事なとこだ。相手さへ立派な男ならそれやかまはんさ。ところが、あの大隈といふ男は、お父さんの眼鏡ちがひで、性質と云ひ、才能といひ、どうも感服できないところがある。今更、来るなとも云へんが、お前にとつては一番危険な人物だ。お世辞もいゝし、風采も学生らしく小ざつぱりしてゐるし、麻雀やトランプは上手だし、うつかりすると、お前なんか、それだけで、好きになりさうな男だ。ところが、あの男の欠点は、第一に見栄坊《みえばう》といふことだ。することに裏表がある。知らないことでも、知つてゐるやうに見せかける風がある。これは、ある程度まで人に取り入つて、一時は重宝がられることもあるが、決して大を成すわけに行かない。第二には、極端な利己主義者といふことだ。学者などにはよくあるやつだが、これも人間として頼母《たのも》しくない。第三に、物事を深く究めないといふ癖のあることだ。学問の方のことにしてみても、上《うは》つ面《つら》だけわかれば、それで満足するといふ風がある。
葉絵子  さうおつしやると、あの方の好いところは、丸でないわけね。
父  ないこともない。第一に、お前のために、あんなに時間を割いてくれるところなんか、ほかの男には、ちよつと出来ない芸当だ。お前に対して、あんなに好意を寄せてゐることは、なんと云つても、あの男の一番感心なところさ。
葉絵子  お父さま、それ皮肉でせう。
父  いや、決して皮肉ぢやない。これは、お前よりも、わしが有りがたく思つてゐることだ。しかし、有りがた迷惑といふこともあるからな。
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     二

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葉絵子は、父の書斎を辞して、自分の居間に帰ると、そこには、母が待つてゐました。
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母  お父さまの御用はすんだのかい。
葉絵子 えゝ。
母  どんな御用だつたの?
葉絵子  なんでもないの。学期試験の準備はどうだつて、お訊きになつたのよ。
母  ほんとに、さう云へば、遊ぶのはもういゝ加減にして、そろ
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