兵卒。眼の窪んだ、唇の厚い兵卒。
 炎熱、労苦、倦怠、悪疫、脱営、監禁……それから、それから……。
 聴いてゐる筈の相手が、一人減り、二人減り、三人減り……。
 最後に、正面の男が、一人、不精無精聞いてゐる。新聞を拡げて、それに眼をおとしながら、時々、「へえ」「へえ」と気のない返事をしてゐる。
「これからが面白いんですよ」――兵卒は、その男の新聞を取り上げた。
「何するんだい」――その男「ふざけた真似をするない。黙つてゐれや、好い気になりやがつて。そんな話は珍しかねえやい。熱い処から来て、頭がどうかしてるんぢやねえか」
 兵卒は、黙つて唇を噛んだ。窓の外を見つめてゐるその眼から涙が落ちた。



底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「文芸春秋 第二年第十一号」
   1924(大正13)年4月1日発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2006年2月20日作成
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