いふ条件にとらはれない普遍にして且つ永遠な「女らしさ」といふものが想像できなくはないと思ふ。それは、かうと口で云ふことはむづかしいが、自然が女に求め、女はまたそれによつて自然を満たすところの霊妙な空気のやうなものである。自然と云ふ言葉が神秘めくとすれば、社会といふ言葉にかへてもいゝ。女らしくない女など一人もゐないのに、ある女が「女らしく」ないとみえる原因は、その女の「女らしさ」が、純粋で、適切で、豊富な表現をもたないからであるとわかれば、話は非常にはつきりしてくると思ふ。
柔かみとか、潤ひとか、繊細さとかいふものが「女らしさ」の主要な色調になつてゐることは争へないとして、それさへも、やはりたゞそれだけでは、女の占有物ではない。寧ろさういふものの現はれ方の中に「女らしい」生命のリズムが感じられなければならぬ。従つて「女らしい」といふことは、もうそれだけで、まつたく独立した意味をもつことになり、どんな場合にでも、女のくせにといふやうな批難を受けるとすれば、それは、その女のやつてゐることからでなく、やり方にあるといふことだけは明瞭である。
私は昨夜ニユース映画で英国の女兵隊といふものをみたが、なかには男か女かわからないやうなのもゐたけれども、大部分は、なかなか女らしいところがあつて、しかもさうグロテスクな感じはしなかつた。これはまあ特別な例であるが、よく世間で話題にのぼることは、高等教育を受けた女は、女らしくなくなるといふことである。私はあんまりさういふ意見を信じない方だが、それでも、なるほどと思はれるやうな例を少しはみてゐる。これはなにも学問が女に似合はないためではなく、学問そのものがそのひとの身についてゐないところから来るぎごちなさが「女らしさ」を覆ひかくしてゐる場合と、もうひとつは、男に負けず本を読み学校へ通つたのだといふ自負心がつい女の自然な感情を歪めてしまふ場合と、その何れかであると私は思ふ。
これと好一対の例は、西洋の風習を表面的に真似てゐる女の、ごく日常的な態度物腰のなかにも、私は、女らしからざるものを屡々発見して苦笑することがある。西洋の女のどこか心惹かれるところを真似てみるのは、そんなにわるいことではないに相違ないが、そこにもう真似の悲しさがあるとすれば、誰がみても「あれで女か」といふことになる。所詮「女らしさ」はひとつの調和だからである。
調和は必ずしも洗練のなかにあるとは限らない。素朴な、原始的なすがたのなかにもある。田舎にも、未開国にさへも、女らしい女はいくらでもゐると云へば当り前なことだが、女が「女らしく」なくなるのは、ある種の頽廃であることに気がつかなくてはならぬ。さういふ変化を故意に求める傾向が、不健康な社会には発生し易いのである。
但し、現在の日本などで、ある種の女のひとが「女らしさ」を失つたと批難されたとしても、それは、まづ批難する方のひとを吟味してかゝらねばならぬ事情がありさうに思はれる。歌舞伎や新派のみを芝居だと思つてゐる人が、たまたま新しい芝居を見物して、これが芝居かと腑に落ちぬ顔をするやうなことが、今はざらに起つてゐる時代である。「女らしさ」を単に弱さとか、受動性(控へ目)とか、時には批判力のなさとかいふやうなことに結びつけて考へる人々、殊にそれが男性である場合には、十分警戒を要すると思ふが、その警戒が実は、屡々ほんたうの意味に於ける「女らしさ」を無意識に色褪せさせるものだといふことにもすべての女性は気をつけて欲しい。
所謂女の「コケツトリイ」が「女らしさ」とどう関係があるかについて考へてみれば一層この間の消息は明らかになる。この言葉の意味は「おしやれ」「おめかし」を含めて「相手の気に入るやうに努めること」であつて、まあ、身だしなみから「媚態」までが含まつてゐるわけだから、どつちみち女性の性的誇示とも云へるものである。女は男の玩弄物に非ずといふ精神から、苟くも「コケチツシユ」と思はれる一切の言動を、慎み、斥ける主義がある種の女の間に履行されてゐる風がみえる。この堂々たるデモンストレイシヨンは、たしかに女性の苦難史を飾る一頁であらうが、私に云はせれば、女のコケツトリイはそれ自身として排撃せらるべきものではなく、時と場所と度合を誤るかどうかに問題のすべてがかゝつてゐるのだと思ふ。
賢明な本誌の読者諸嬢は、もうとつくにご承知の筈だが、美しい恋愛も幸福な結婚も、男性の側から云へば、常に対手の女性の「清純なコケツトリイ」によつて導かれるものである。(「婦人公論」昭和十四年二月)
底本:「岸田國士全集24」岩波書店
1991(平成3)年3月8日発行
底本の親本:「現代風俗」弘文堂書房
1940(昭和15)年7月25日発行
初出:「婦人公論 第二十四年二月号」
193
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