ました。
私は、実際、汗をかきました。とても見物席に坐つてはをられないのです。喫煙室へはひつて、頭をかゝへ、おれはどうしてこんなものを演らせたんだらうと、地団太を踏みました。舞台からは、まだ台詞が途切れ途切れに聞えて来ます。はやく幕が下りればいゝのに……。さうだ、見物席から、そんな芝居はやめちまへ! と呶鳴つてやらう。が、そんなことをしたら、なほ恥さらしぢやないか。私は人から顔を見られるのさへたまらない気がして、こそ/\楽屋へひつ込みました。処が、そこでまた俳優に顔を合はせ、一体、何と挨拶をすべきでせう。伊沢君が、舞台をすませて、私の方へ歩いて来ます。石川君が化粧を落しながら、何か私に話しかけました、お前は、こんなところにゐる人間ぢやない――誰かゞさう云つてゐるやうな気がして、私は、後を振り返らずに外へ出ました。
帝国ホテルの、あの建物が、晴れた星空の下で、大きな口を開いてゐました。
此の思ひ出は、私にとつて、決して愉快な思ひ出ではありません。
しかし、私と芝居との腐れ縁は、此の時にはじまつたと云つて差支へないでせう。なぜなら、その時から、私は、芝居といふものを真剣に考へ出し
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