し、新生児への彼らの愛着は一つの偏見であってこれは根絶した方が国家のためになると彼らに教えることによって、この道徳的感情は決して害されないとは、到底考えられない。誤った恥辱心から時々起る嬰児殺しが、国民の大部分の心情の最善最有用の感情を犠牲にしてのみ行われ得るというのであるならば、この救済の代償たるや極めて高価であるといわなければならぬ。
 育児院がその表面の目的を達すると仮定すれば、ロシアにおける奴隷状態によって、それはおそらく他のいかなる国よりもこの国において妥当なるものとされるであろう。けだし育児院で育てられた子供はすべて自由市民となるのであり、従って単に個人所有者に属する奴隷の数を増加した場合よりも自由市民として国家に属するので国家にとりより[#「より」に傍点]有用たり得るからである。しかし同じ事情にない国においては、この種の施設が最もよく成功すれば、他の社会部分に対しては驚くべき害を及ぼすことになるであろう。結婚に対する真の奨励は、高い労働価格と、適当な人手で充たされなければならぬ職業の増加である。しかしもしこれらの職業や徒弟の職などが育児院のものによって充たされてしまうならば、正当な社会部分における労働に対する需要はこれに比例して減少し、家族を養う困難は増大し、結婚に対する最上の奨励は除去されざるを得ないのである。
 ロシアは大きな自然的資源を有っている。その生産物は現状においてその消費以上である。驚くべきほど急速な人口増加のためにそれが必要とするものは、工業的活動の自由の増大と、その生産物に対する奥地地方の十分な販路に外ならない。これに対する主たる障害は、農民の隷従またはむしろ奴隷制と、かかる状態に必然的に伴う無智及び怠惰である。ロシアの貴族の財産は彼が所有する隷農の数によってはかられるが、これは一般に家畜のように販売し得るものであって、土地に緊縛されているものではない。彼れの収入は男子全部に課せられる人頭税から生ずる。所領における隷農の数が増加していくと、時々土地の分割が行われ、耕地が拡張されるか、または旧農場が再分される。各家族は、適当に耕作が出来かつ納税に堪えるほどの土地を与えられる。自分の土地を改良せず、その家族を養い人頭税を支払うに必要と見える程度以上の土地をもらうのが、明かに隷農の利益である。けだしそうすれば当然に、次の分割が行われる時には、彼が従来所有していた土地は二家族を養い得るものと考えられ、その土地の半分を取り上げられるという結果になるからである。かかる事態の結果として、怠慢な耕作が生ずることは容易に考え得るところである。隷農が従来使用していた土地を多く取り上げられると、彼はその租税を支払い得ないと訴え、自分か息子達が租税を稼ぎ出すために、都市に出稼ぎに行く許可を要求する。この許可の願出は一般に熱心に行われ、また領主は人頭税が若干増額するのを考えて簡単に許可を与える。その結果として、田舎の土地が半ば耕作されたままに放棄され、人口の真の源泉はその根本において害されるのである。
 ペテルスブルグの一ロシア貴族は、私がその所領の管理につき二、三の質問をしたところが、それが適当に耕作されているかどうかを聞いてみたこともないと云ったが、彼はそんなことは自分が全然関しないことと考えているように思われた。『それは私には同じことだ。それは私にはよくもなければ悪くもない。』と彼は云う。彼はその隷農がその租税をどのようにしてまたどこで稼ぎ出そうとも自由であるとして許し、そして租税を受取りさえすれば満足なのである。しかしこのような管理法によって、彼が、安逸と現在の利益とのために、その所領の将来の人口と、従ってまたその収入の将来の増加とを、犠牲にしていることは、明かである。
 しかしながら、近年多数の貴族が、この国の耕作の進歩に最大の努力を払ったカザリン女帝の教訓と先例に主として刺戟されて、その所領の改良と人口増加とにより[#「より」に傍点]多く留意するに至ったことは、確かである。女帝は多数のドイツ移民を招致したが、これは啻に人口を奴隷に代えて自由市民たらしめるに寄与したのみならず、更に、おそらくもっと重大なことであるが、ロシアの農民に全然未知のものたる、勤労と、その勤勉の発揮方法との、範例を打樹《うちた》てるに寄与したのである。
 かかる努力は全体として大成功を収めた。そして先女帝の治世とその後とで、ロシア帝国のほとんどあらゆる地方に、耕作と人口との著しい増加が進行中であることは、疑い得ないところである。
 一七六三年には、人頭税による人口推算は、一四、七二六、六九六という人口を示し、同じく一七八三年のそれは、二五、六七七、〇〇〇という人口を示しているが、これは、もし正確であるとすれば、極めて莫大の増加を示す。しか
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