は、絶えず変動が生じていることが、十分にわかることであろう。
変動の最も少い比率は、出生と結婚との相互の間の比率であることが、観られるであろう。その明白な理由は、この比率は主として、云うまでもなく大きな変化を生じないところの結婚の出産性によって影響されるということ、これである。吾々は実際、結婚の出産性は、表における出生の結婚に対する比率の変化ほど、大きな変化があるとは、想像し得ない。またそれはかく変動する必要もないが、けだしもう一つの原因が、同じ結果を生ずるように寄与しているからである。特定の年の結婚と時を同うする出生は、主としてそれより何年か前に行われた結婚に属するものである。従って、もし四、五年間、大きな比率の結婚が行われ、その後偶然一、二年間その比率が小さくなれば、その結果として、記録簿上では、その一、二年の間、出生の結婚に対する比率は大きくなるであろう。また反対に、四、五年間は比較的に結婚が少なく、次いで、一、二年間にそれが多くなるならば、その結果として出生の結婚に対する比率は小さくなるであろう。この事実は、プロシア及びリトアニアの表にはっきりと例証されており、そしてジュウスミルヒの蒐集したすべての他の表を一見すれば、確証されることである。すなわちこれらの表を見ると、出生の結婚に対する極端な比率は、一般に、出生数よりも結婚数によって影響されるものであり、従って結婚の出産性の変動よりは、結婚に対する志向または奨励の変動から、生ずるものであることが、わかるのである(訳註)。
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〔訳註〕ここまでが、第三版よりはじめて現われたものであり、これ以下は全部第二版からのままである。
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これらの表を通じて散見している普通伝染病流行年は、云うまでもなく、結婚及び出生に対して、プロシアの表における大|疫病《ペスト》と同一の影響を及ぼしはしないであろう。しかしその流行の程度に比例して、その作用が一般に同様であることが見られるであろう。他の幾多諸国の記録簿、なかんずく都市の記録簿から見ると、疫病《ペスト》の襲来は十七世紀の終末と十八世紀の初頭に、頻々たるものがあったことがわかる。
これらの表に現われた、人口の急速な増加の時期の後に疫病《ペスト》や疾病流行季が生ずるという事実を考えてみると、住民の数が、これらの場合において、彼らの健
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