ェ一一年の増加は一四・二分の一パアセント、一八一〇年ないし一八二一年には一六・三分の一パアセントの増加を示すこととなる。これら二つの増加率の中《うち》、前者は人口を五一年にして、後者は四六年にして倍加するであろう。しかしながら、正当には現在人口に属する、陸海軍及び商業に従事する者の比率については、常に若干の不確実性があるはずであるから、また男子人口は他の理由により女子人口も浮動しているものであるから、増加率を女子人口のみによって測定しようというもっともな提唱が行われている。大ブリテンにおける女子の数は、一八〇一年には五、四九二、三五四であり、一八一一年には六、二六二、七一六であり、一八二一年には七、二五三、七二八であって、第一の期間には一四・〇二パアセント、第二の期間には一五・八二パアセントの増加を示している2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Preliminary Observations, p. viii.
 2)[#「2)」は縦中横] Ibid.
[#ここで字下げ終わり]
 蘇格蘭《スコットランド》の増加をそれだけでとると、第一の期間には一三パアセント、第二の期間には一四・二分の一パアセントである。蘇格蘭《スコットランド》を除いた英蘭《イングランド》及びウェイルズの増加は、ことに第二の期間においては、女子のみから測定しても、総人口から測定しても、陸海軍その他のことを適当に斟酌すれば、ほとんど全く同一であり、これは、かかる斟酌が真に近いことの証拠である。同時に、もし一八〇〇年ないし一八二一年の期間の大部分は戦争であったために、男子人口が通常以上に多く死亡したとすれば、総人口の増加は女子の増加ほど大きな比率に上らなかったはずであり、もしかかる増加が見られるならば、それはおそらく過大の数の男子が陸海軍人として現在人口に加えられたのによるか、または蘇格蘭《スコットランド》及び愛蘭《アイルランド》からの流入によるものであろう、ということは、おそらく注意しなければならぬであろう。
 上記の数と増加率とは、リックマン氏が、『人口摘要』の『緒論』の中で与えているものであることは、前に述べたところである。しかし本章の前の方で、私は、第一囘の実測は一八一一年のものほど正確ではないということの、私には十分な根拠と思われると
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