ヨする貴重な表をちょっと見ただけでも、箇々の年の出生、死亡、結婚から下された人口に関する推論が、いかにほとんど信頼すべからざるかがわかるであろう。もし例えば吾々が、一八〇〇、一八〇一両年の人口と、次の一八〇二、一八〇三両年の人口を、結婚の人口に対する比率は常に同一と仮定して、この比率から測定するとすれば、初めの二箇年の人口が九百万ならばこれに続く二箇年の人口は千二百万よりはるか以上となることとなり、かくて短期間に、三百万以上、すなわち三分の一以上増加したように見えるであろう。また一八〇〇、一八〇一両年の出生を一八〇三、一八〇四両年に比較して行われる測定の結果も、これと多くは異らないであろう。少くともかかる測定は、三年間に二百六十万の増加を示すであろう。
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 1)[#「1)」は縦中横] 一七六〇年ないし一七七〇年に極めて急速な人口増加のあったことを意味するこの両年の表の数は、これらの原因のいずれかによって、相互に適当な比例を保っていないことを、私は疑わない。おそらく一七七〇年の数が過大に失するのであろう。
 2)[#「2)」は縦中横] P. 20.
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 読者は出生、死亡、結婚、が総人口に対して小さな比率しかもたず、従って一時的原因から起り得るこれらの何らかの変動は、おそらく、人口総数の同様の変動を伴い得ないことを考えるならば、かかる結果を見ても少しも驚かないであろう。ただ一年間に出生が三分の一増加するということはあり得ようが、それは人口を三分の一増加せしめることはなく、おそらくわずかに十八分の一か十九分の一増加せしめるに過ぎないであろう。
 従って、前章において述べた如くに、この世紀の一七八〇年に先立つ時期の、十年おきの出生のみの報告から計算された人口の表は、より[#「より」に傍点]よい資料がないので極めて概略に行った推算であると考え得るに過ぎず、特定の時期の比較上の増加率を知るためにはほとんど全く信をおき得ないものである、ということになる。
 一八一〇年の人口を、本章で前述した一八〇〇年の[#「一八〇〇年の」は底本では「一八一〇年の」]修正人口と比較すると、これは、両年の人口実測の差よりも緩慢な増加を示している。そして更に、四七対二九・二分の一という出生の死亡に対する推定比率は実際以上であるよりもむしろ以下であるように思
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