活の中平等が大なる程度に行われている部分においては、食物獲得の困難と不断の戦争の苦労とは、文明社会の下層階級の人民の行う労働に劣らぬ程度の労働を必要ならしめる、――もっともその労働は文明社会でははるかに不平等に分配されているけれども。
 しかし吾々は、人類社会のこれら二階級の労働を比較することは出来ようが、彼らの辛苦や苦悩は比較を許さないであろう。この点を最もはっきりさせてくれるものは、アメリカの蒙昧人のより[#「より」に傍点]低級な種族における教育の全方針であるように私には思われる。最も甚だしい苦痛や不幸の下にあって最強の忍耐心を教えるに役立つあらゆるもの、心情を硬化し同情心の一切の源泉をとざす傾向あるあらゆるものこそが、蒙昧人に最も熱心に教え込まれる所である。文明人はこれと反対に、害悪が起った時には忍耐をもってこれを堪え忍ぶことを教えられはしようが、しかし常にそれを予期するようには教えられていない。剛毅の外になお他の徳の発揮が要求される。彼は、困窮に際し、隣人のことを、またはその敵のことさえ、同情するように、その社会的感情を促進し拡大し、そして一般的に云えば、愉快な情緒の領域を拡張するようにと、教えられている。これら二つの異る教育法から明かに推論し得ることは、文明人は楽しむことを希望し、蒙昧人はただ苦しむことだけを予期するということこれである。
 非常識なスパルタ式訓練法や、私的感情を公けの関心の中に吸収させてしまうことは、不断の戦争から絶えざる困苦と辛労とに曝されている人民や、絶えざる境遇逆転の怖れの下にある状態においてでなければ、決して存在し得なかったであろう。私はかかる現象をもって、スパルタ人の気質における剛毅と愛国心とのある特有の傾向を指示するものとは考えずして、単に、スパルタ及び一般的には当時のギリシアの、悲惨なほとんど蒙昧の状態を力強く指示するものと考えたい。市場の商品と同様に、最大の需要のある徳は最多重に生産されるであろう。そして苦痛と辛苦の下における忍耐力及び行き過ぎた愛国的犠牲が最も要求される場合には、それは人民の窮乏と国家の不安固とを示す、憂鬱な指示なのである。
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    第六章 ヨオロッパ北部の古代住民における人口に対する妨げについて

 人類の初期の移動と定住の歴史、並びにそれを促した動機は、極めて顕著に、生活資料を越えて増加せんとする人類の不断の傾向を例証するであろう。かかる性質をもつある一般法則がなければ、世界に決して人間が住むようにはならなかったように思われるであろう。いそがしい活動の状態ではなく、懶惰《らんだ》の状態が、明かに人間の自然的状態であるように思われる。そしてこのいそがしい活動の志向は、必要という強力な刺戟がなければ生じ得なかったであろう。もっともそれは後になって、習慣や、それから作られる新しい連合や、進取の精神や、軍事的栄誉欲によって、持続されたということもあろうけれども。
 話によれば、アブラハムとロトとは家畜を非常に豊富に有っていたので、土地は二人を倶《とも》に居らしめることは出来なかった。そこで彼らの牧者の間に争いが生じた。そしてアブラハムはロトに分離を提議し、そして云った、『地は皆|爾《なんじ》の前にあるにあらずや。爾もし左にゆかば我右にゆかん。また爾もし右にゆかば我左にゆかん1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』と。
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 1)[#「1)」は縦中横] 創世紀第十三章
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 この単純な言葉と提議とは、人間を全地球に散布し、時が進むにつれて、地球上の比較的不運な住民のある者を、抵抗し難い圧迫に追われつつ、アジア及びアフリカの燃え立つ沙漠や、シベリア及び北アフリカの氷結地方に、乏しい生活資料を求めるべく追いやった所の、活動の大発条を、見事に例証するものである。最初の移住は当然に、その土地の性質以外の障害は見出さなかったであろう。しかし地球の大部分が稀薄にせよ人が住むようになった時には、これらの地方の所有者は、闘争なしにはそれを譲ろうとはしなかったであろう。そして比較的中心地のいずれかの過剰な住民は、最も近い隣人を駆逐するか、または少くとも彼らの領土を通過しなければ、自分のために余地を見出すことが出来なかったが、これは必然的に頻々たる闘争を惹き起したことであろう(訳註)。
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〔訳註〕第三章の訳註の中に引用した第一版の文に続くパラグラフは次の如くである、――
『人類の次の状態たる牧畜民族の間に行われる行状や習慣については蒙昧状態のことよりもっとわからない。しかしこれら民族が生活資料の不足から生ずる窮乏の一般的運命を免れ得なかったことは、ヨオロッパや世界のあらゆる文明国が十分に説明している。スキチア
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