Xが確実に信頼し得るのは、(現実の人口実測を別とすれば)かかる後者の原因だけなのである(訳註)。
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1)[#「1)」は縦中横] Essay xi.
〔訳註〕以上の四つのパラグラフに該当するところは、第一版では次の如くなっているが、これによってそのかなりの部分が第二版以後と文字通り一致することがわかる。なお第二版以後でも若干の用語上の修正がある。
『ヨオロッパの大部分が昔よりも現在の方が人口の多い理由は、住民の勤労がこれら諸国をしてより[#「より」に傍点]多くの人類生活資料を生産せしめるに至ったことである。けだし私は、輸出入をその中に包含するに足るほどの面積をとり、かつ奢侈や倹約の習慣の程度に若干の相違を認めた上で、人口は、土地が生産せしめられる食物に正比例することは、議論の余地なき主張として打ち樹て得よう、と考えるからである。古代と現代の諸国民の人口の多少に関する論争において、全体としての問題の国の平均生産物が、ジュリアス・ケイザルの時代よりも現在の方が大であることが、明らかに確証され得るならば、争点は直ちに決定されることであろう。
『吾々が、支那は世界中で最も肥沃な国であり、その大きな部分は毎年二毛作を生じ、更に人民は非常につつましく暮している、と確言される時には、吾々は、下層階級の行状習慣や早婚に対する奨励のことをくどくどと研究してみなくとも、人口は莫大であるに違いない、と確実に推論し得よう。しかし、より[#「より」に傍点]以上の人口増加に対する妨げはいかように働いているか、この国の人口支持能力以上に出ずる人口増加を防止する罪悪は何であり困窮は何であるか、を確かめるには、これらの研究は非常に重要なものであり、下層支那人の慣習に関する詳細な歴史は最も有用なものであろう。
『ヒュウムは、その古代と現代の諸国民の人口の多少に関する論文において、彼れのいわゆる原因に関する研究と事実に関する研究とを混同してしまって、ために彼日頃の洞察力をもってしても、彼が挙げている原因の若干は、彼をして古代の諸国民の現実の人口につき、何らかの判断を下さしめる上に、いかに無力なものであるかに、気がついていないように思われる。もし何らかの推論がそれから引き出し得るとすれば、おそらくそれはヒュウムのそれとは正反対でなければならぬ。もっとも私は、かかる問題については何人に
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