ヘ縦中横] Ibid., chs. XIIX & XIX.
[#ここで字下げ終わり]
 以上の如きものが『人口論』第一版の主たる主張であるが、その基礎理論たる人口理論の中で最も中心的な命題は、人口増加力は食物増加力よりも『不定限に』より[#「より」に傍点]大である、ということである。ここに『不定限に』とは、マルサスによれば、限度は存在することは確実であるけれども、しかしこれを明瞭に指示し得ない、という意味である。マルサスは人口及び食物の増加力を示すに当って有名な幾何級数及び算術級数の語を用いたけれども、それは直ちに両増加力を明確に限定するものと解してはならない。むしろ彼においては両増加力は幾何の大きさを有つかを明確に云い得ないのであり、従って両者を明確に比較することは不可能なのである。しかしこれらを、事実しかる大きさから離して具体的に云い現せば、人口は少くとも[#「少くとも」に傍点]二十五年を一期として倍加し、食物はせいぜいの所[#「せいぜいの所」に傍点]二十五年を一期として同量附加をなす如き力しか有たない。しかしこの二つの級数は、事実しかる大きさからは離されているのであり、両者の真の大きさは従って不明である。すなわち人口増加力は食物増加力よりも大であるということだけはわかるが、その真実の開きは不定限であるというのである。――これが彼れの根本命題の真の意義である。さて、しかるに食物は人間の生存に必要なのであった。しからば結論は当然に、人口は必然的に生活資料によって制限される、ということにならざるを得ない。かかるものが彼れの基礎理論なのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Ibid., chs. I, II & IX.
[#ここで字下げ終わり]
 以上の基礎理論は生物界一般につき自然法則として樹立されたものであるが、彼は次に一転して、この理論によって社会の問題を解こうとし、平等主義や貧民法や人口論争の問題を論ずるに至ったことは、右に述べた如くである。しかし彼は社会を説くに当って、当時の時事問題のみを論じたのではない。彼は歴史を論じ、人類はまず狩猟状態から始まり、次いで牧畜状態に進み、最後に農牧併行状態に進むものと考え、これらの時代における重要な歴史事実を以上の如き基礎理論によって解釈せんとしているのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Ibid., chs. II & III.
[#ここで字下げ終わり]
 かくの如き内容を有つ『人口論』の第一版はすさまじい反響を喚び起した。ゴドウィン等の平等主義はまもなくこれによって圧倒されてしまった。『英国におけるフランス革命』は、『人口論』第一版と、ピット政府の弾圧とによって、全く克服されてしまった。マルサスの匿名はまもなく破られた。そして彼れの名は一躍論壇の寵児となったのである。
 かくてマルサス『人口論』は一世の名著と称せられるに至り、それは連綿として今日にまで至っているのであるが、この名声の根拠が何に帰せらるべきかは余りにも明かであると云わなければならない。
 そこで彼れの思想の理論的背景を振返ってみるに、まずこれをヨオロッパ全体の問題として見る時は、そこには一方では人口をもって富なりとしまたは富に達する唯一または最大の手段なりとする見解(マアカンティリズム及びカメラリスティクの如き)が広く行われており、国家の政策が人口増加を擁護すべきはむしろ自明の理であるとされていた。しかるにまた他方では人口は単に国の繁栄の結果であり、かつ徴標であるにすぎず、従って単に人口を増加せしめんことを企図するよりも、まずその基礎たる国の物質的一般的幸福を企図する必要があると説くものが少なからず存在した。しかも彼らの中の多くによれば、人口増加力は極めて大なるものであり、この人口を支持すべき資料は、これと同一の速度をもっては増加し得ない故に、そこに必然的に戦争や流行病や不節制や不道徳がかかる優勢な力の実現を阻止するために現れることとなる、と説いていた。しかもある者は、この事実をもって社会の一般的永続的改善を不可能ならしめる要因をなすものである、と考えてすらいた。かかる時に一七八九年にフランス革命は勃発した。それは貧困と悪辱、不正義と不公正を一挙にして絶滅するものであるかの如く見えた。社会の一般的永続的改善はこの日よりその緒についたかの如く見えた。さればここに政治的社会的のまた思想的の一大混乱時代が出現したのである。
 更にマルサスの理論的背景を特殊的に英国について見るに、常識的世論が人口増加の擁護にあったことはヨオロッパ一般と同一であるが、マルサス的思想においてもまた欠けるところはなか
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