る限り二五|磅《ポンド》以上のいかなる債務に対しても法貨たらしめられないと宣言する法律によって、そうされたのであると主張されている。
 しかしこの法律は、ある債務者がその債務を、その額がいかに大であろうと、造幣局から来たばかりの銀貨で支払うのを妨げはしなかった。債務者がこの金属で支払わなかったのは、偶然事ではなく強制事でもなくして、全く選択の結果である。銀を造幣局に持って行くのは彼れの利益には合せず、金をそこに持って行くのが彼れの利益に合したのである。もし、この削減された流通銀貨の分量がベラ棒に大であり、そしてまた法貨であるならば、おそらく一ギニイ貨が再び三〇シリングに値したであろうが、それはしかし削減されたシリング銀貨が価値において下落したのであり、ギニイ金貨が騰貴したのではないであろう。
 かくてこの二つの金属の各々がいかなる額の債務に対しても等しく法貨である間は、吾々が、価値の主たる標準尺度の不断の変動を蒙ることは明かである。それは時に金であり、また時に銀であり、このことはこの二つの金属の相対価値の変動に全く依存する。そしてかかる時代には、標準ではない金属は熔解され、そして流通から引去られるが、それはけだしその価値は鋳貨の場合よりも地金の場合の方がより[#「より」に傍点]大であるからである。これは一つの不利益であり、それが除去されることは極めて望ましいことである。しかし改善は極めて遅々としているために、たとえロック氏によって反駁され得ざるほどに証明され、そして彼れの時代以来、貨幣の問題についてあらゆる学者により指摘されたとはいえ、一八一六年の議会会期までにはより[#「より」に傍点]良い制度がかつて採用されなかったが、その時に四〇シリング以上のいかなる額に対しても金のみが法貨であると法定されたのである。
 スミス博士は、二つの金属を通貨として用い、また両者をいかなる額の債務に対しても法貨として用いることの結果を、十分知っていたようには思われない。けだし彼は曰く、『実際には、鋳貨としての種々な金属の価値の間に一つの規制された比例が継続している間は、最も貴重な金属の価値が金鋳貨の価値を左右する』と。彼れの時代には、金は債務者がその債務を支払うに適せる媒介物であったから、彼は、それがある固有の性質を有っておりそれによって当然それが銀貨の価値を左右したし、そしてまた常に
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