]多数の人類の享受し得べき幸福を根拠として云うのではなく、明かにそれが国力を増進するという根拠による(註)、けだし彼は曰く、『あらゆる国の富、及び力が富に依存する限りにおいてその力は、常に、その年々の生産物の価値に、すべての租税が窮極的にそこから支払わねばならぬ資金に、比例しなければならない。』と。しかしながら、租税支払能力は純収入に比例するものであり総収入に比例するものではないことは、明かでなければならない。
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(註)セイ氏は私を全然誤解し、私がかくも多くの人類の幸福をどうでもよいことと考えたものと想像している。私がアダム・スミスの拠《よ》って立つ特定の論拠に私の記述を限定していたことは、この本文が十分に示すものと私は考える。
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(一二三)すべての国への職業の分配において、より[#「より」に傍点]貧しい国民の資本は、多量の労働が国内で支持される職業に当然用いられるであろう、けだしかかる国においては、増加しつつある人口に対する食物及び必要品は最も容易に所得され得るからである。これに反し、食物が高価な富める国においては、資本は、貿易が自由な時には、最小量の労働が国内で維持されなければならぬ所の、運送業、遠隔外国貿易、及び高価な機械が必要とされる職業の如きへ、すなわち利潤が資本に比例して、用いられる労働量には比例しない職業へ、当然流入するであろう(註)。
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(註)『自然的事態が資本を、最大の利潤の得られる職業へではなくて、その作用が社会に対し最も有利な職業へ、引寄せるのは、幸なことである。』――第一巻、一二二頁。セイ氏は、個人に対しては最も有利であるが、国家に対しては最も有利ではないこれらの職業はいかなるものであるかを、吾々に語っていない。もし資本は少いが肥沃な土地は豊富に有っている国が早くから外国貿易に従事していないならば、その理由は、それが個人に対して有利でなく、従って国家に対してもまた有利でないからである。
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地代の性質からして、最後に耕作される土地を除くあらゆる土地での一定の農業資本は、製造業及び商業に用いられる等額の資本よりもより[#「より」に傍点]大なる労働量を動かすものであることは、私は認めるけれども、しかも私は、内国商業に
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