格が高いことは製造業者の利益でもないが、それはけだし、穀物の高い価格は高い労賃を惹起すが、しかし彼れの貨物の価格を高めはしないからである。かくて啻に彼れの貨物のより[#「より」に傍点]多くが、または同じことになるが、彼れの貨物のより[#「より」に傍点]多くの価値が、彼自身消費する穀物と引換に与えられなければならぬのみならず、更にまたより[#「より」に傍点]多くのものがまたはより[#「より」に傍点]多くのものの価値が、彼れの労働者に労賃として与えられなければならぬが、それに対しては彼は何らの補償をも得ないのである。従って地主を除くすべての階級は穀価の騰貴によって損害を蒙るであろう。地主と一般公衆との間の取引は、売手も買手も同様に利得すると言い得られる商売上の取引とは異り、損失は全然一方にまた利得は全然他方に帰するのである。そしてもし穀物が輸入によってより[#「より」に傍点]低廉に取得され得るならば、輸入しないために起る損失は、一方にとって、他方にとっての利得よりも遥かにより[#「より」に傍点]大である。
 アダム・スミスは、貨幣価値の低いことと穀物の価値の高いこととの間に何らの区別もなさず、従って地主の利益は社会の他のものの利益と反するものではない、と推論している。第一の場合においては、貨幣がすべての貨物に比して低く、他の場合においては、穀物が諸貨物並びに貨幣に比してより[#「より」に傍点]高いのである。
 アダム・スミスの次の記述は、低い貨幣価値には適用し得るが、しかしそれは高い穀物価値には全然適用し得ないものである。『もし(穀物の)輸入が常に自由であるならば、我国の農業者及び全紳士はおそらく、年々、輸入が大抵の時に事実上禁止されている現在において彼らが得るよりもより[#「より」に傍点]少い貨幣を、その穀物に比して得るであろうが、しかし彼らが得る貨幣はより[#「より」に傍点]多くの価値を有ち、すべての他の種類の財貨のより多くを購買し[#「すべての他の種類の財貨のより多くを購買し」に傍点]、そしてより[#「より」に傍点]多くの労働を雇傭するであろう。従って、彼らの真実の富、彼らの真実の収入は、たとえより[#「より」に傍点]少量の銀によって現わされるであろうとはいえ、現在におけると同一であろう。そして彼らは、現在耕作しているだけの穀物を耕作する能力を失わせられることも、
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