分量は増加され得ず、そしてその価格は購買者の力と意志の程度によってのみ制限される。かかる葡萄園の地代は、いかなる適当に指示し得る限界以上にも引上げられ得ようが、けだし他のいかなる土地もかかる葡萄酒を生産し得ないために、いかなる土地もかかる土地と競争せしめられ得ないからである。
(八九)もちろん一国の穀物及び粗生生産物はしばらくの間は独占的価格で売られるかもしれない。しかし、より[#「より」に傍点]以上いかなる資本も有利に土地に使用され得ない時、従ってその生産物が増加され得ない時にのみ、それは永続的にそうあり得るに過ぎない。かかる時には、あらゆる耕地部分、及び土地に使用されているあらゆる資本部分は、地代を生むであろうが、それは実に収穫の差違に比例して異っているのである。かかる時にはまた、農業者に課せられるべきいかなる租税も地代の負担する所となり、消費者の負担する所とはならないであろう。彼はその穀物の価値を引上げ得ないが、けだし、仮定によれば、それは既に、買手がそれを買うであろう所のまたは買い得る所の最高価格にあるからである。彼は、他の資本家の得る利潤率以下の利潤では満足しないであろう、従って彼がなし得る唯一の選択は、地代を引上げさせるか、または彼れの職業を中止するかであろう。
 ビウキャナン氏は、穀物及び粗生生産物は地代を産出するから、独占価格にあるものと、考えている。すなわち地代を産出するすべての貨物は独占状態にあるはずである、と彼は想像している。そしてこのことから彼は、粗生生産物に対するすべての租税は地主の負担する所となり、消費者の負担するところとはならない、と推論している。彼は曰く、『常に地代を与える穀物の価格は、いかなる点においてもその生産費によって影響されないから、それらの費用は地代から支払われなければならない。従ってそれが騰貴または下落する時には、その結果はより[#「より」に傍点]高いまたはより[#「より」に傍点]低い価格ではなくして、より[#「より」に傍点]高いまたはより[#「より」に傍点]低い地代である。かく観察すれば、農場の僕婢や馬匹やまたは農業機具に対するすべての租税は、実際には地租である。その負担は農業者の借地期間中は農業者の負担する所となり、そして借地契約が更新される時期になった時には地主の負担する所となる。同様にして、打穀機及び刈取機というが
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