二、〇〇〇|磅《ポンド》を受取るべき国家債権者は、その貨幣の放資国を求めるであろう。そしてそれを地主または製造業者に貸付けるか、または彼らからその処分しなければならぬ財産の一部を購買する気になるであろう。かかる支払に対しては公債所有者達自身も大いに寄与するであろう。この計画はしばしば推奨され来ったものであるが、しかし吾々はそれを採用するに足る知識も有たなければまた勇気も有たない。しかしながら平和の時には、吾々の不断の努力は、戦争の間に契約された負債部分の返済に向けられねばならぬこと、また楽になりたいという誘惑や、現在の――そして望むらくは一時的の、困窮から逃れんとの願望のために、その大目的に対する吾々の注意を緩めてはならぬことが、承認されなければならない。
いかなる減債基金も、もしそれが歳出に対する歳入の超過から得られるのでないならば、負債を減少する目的に対しては有効であり得ない。この国の減債基金が単に名目的に過ぎないのは遺憾のことである。けだし支出に対する収入の超過は全くないからである。それは節約によって、その名の如きものに、すなわち真に有効な負債支払のための基金たらしめられなければならぬ。もし将来戦争の勃発せる際に、我国の負債が著しく減少せしめられていないならば、その全戦費は年々徴収される租税によって支弁されなければならぬか、しからざれば、その戦争の終了前ではないにしても、その終了の時に、吾々は国民的破産に陥らなければならぬかの、いずれかである。吾々は公債の著しい増加に堪え得ないであろうというのではない。一大国民の力に限界を置くことは困難であろう。しかし、個々人が、単に彼らの故国で生活するという特権に対して、永続的課税の形において甘んじて支払う価格には確かに限界があるのである(註)。
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(註)『信用は一般的には、資本に、それが有用に用いられない人々を去って生産的たらしめられる人々に移るのを許すから、よいことである。すなわちそれは資本を、公債放資の如き、単に資本家にとって有用であるにすぎない用途から移転させ、それを産業に従事せる人々の手において生産的ならしめる。それはすべての資本の使用を便宜ならしめ、使用されない資本をなからしめる。』――『経済学』、四六三頁。第二巻、第四版――これはセイ氏の看過に相違ない。公債所有者の資本
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