ニんど常に売却せねばならぬ地位にあるのであり、従って彼が得ることの出来るどんな価格でも受取らなければならない。買手はほとんど購買せねばならぬ地位にあるのではなく、従って彼は単に自己の好む価格を与えるに過ぎないであろう。彼は租税と価格とを合計して土地が幾干《いくばく》に値するかを考慮する。租税の方に多くを支払うを余儀なくされるほど、彼は価格の方により[#「より」に傍点]少く与える気になるであろう。従ってかかる租税はほとんど常に必要に迫られている人の負担する所となり、従って極めて惨酷にして圧制的でなければならない。』(編者註一)『印紙税及び借金証書と借金契約との登記に対する租税は、全然借手の負担する所となり、そして事実上常に彼によって支払われる。訴訟に対する同種の租税は原告の負担する所となる。それは両者にとって係争物の資本価値を減少せしめる。ある財産を獲得するに費用が多くかかればかかるほど、それが得られた時の純価値は少くなければならない。あらゆる種類の財産の移転に対するすべての租税は、それがその財産の資本価値を減少する限り、労働の支持に向けられた資金を減少する傾向がある。それらはすべて主権者の収入を増加せしめる多かれ少かれ浪費的な租税であるが、それは生産的労働者以外のものを支持しない国民資本を犠牲として、不生産的労働者以外の者を支持することの稀なものである。』(編者註二)
[#ここから2字下げ]
(編者註一)『諸国民の富』第五篇第二章、(訳者註――キャナン版、第二巻、三四六頁)。
(編者註二)同上(訳者註――三四六――三四七頁)。
[#ここで字下げ終わり]
 しかしこれは財産の移転に対する租税への唯一の反対論ではない。それは国民資本が社会に最も有利に分配されることを妨げるものである。一般的繁栄のためには、あらゆる種類の財産の移転及び交換にいかに便宜が与えられても多過ぎるということは無い、けだしあらゆる種類の資本が、国の生産を増加するためにそれを最もよく使用する者の手に入るようになるのは、かかる手段によるものであるからである。セイ氏は問う、『何故《なにゆえ》に一個人はその土地を売らんと欲するのであるか? それは彼が、その資金がより[#「より」に傍点]生産的となるべき他の用途を考えているからである。何故に他の人はこの同じ土地を買わんと欲するのであるか? それは、彼に余りにわ
前へ 次へ
全346ページ中124ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉田 秀夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング