sに関する最も信憑すべき文献であるように思われる。
サア・ジョウジ・スタウントンは、彼が集め得た最良の情報からして、北京において年々遺棄される子供の数は約二千であると云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかしこの数は年によって甚だしく変動し、そして季節の豊凶に依存すること極めて大であるに違いなかろう。ある大きな伝染病や破壊的な飢饉の後には、その数はおそらく極めて小であろう。稠密な人口に戻れば、それが徐々として増加すべきことは当然である。そして平均生産物が既に過剰人口を養うに足りないという時期に不作が生じた時にそれは疑いもなく最大である。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Embassy to China, vol. ii. p. 159.
[#ここで字下げ終わり]
かかる不作は稀ではないようであり、そしてそれに伴う飢饉が、おそらく、支那人口に対する一切の積極的妨げの中で最も有力なものである。もっともある時代においては、戦争及び内乱による積極的妨げは小さなものではなかった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。支那王国の年代記には、飢饉のことがしばし
前へ
次へ
全389ページ中340ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
マルサス トマス・ロバート の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング