[謀を進めさえすればよいとしているか、または乱暴な気違いの狂熱家であってその馬鹿々々しい思索や飛んでもない背理は理性ある何人もそれに注意を払う必要のないものである、と考えがちである。
『人間と社会との可完全化性を擁護する者は、現存制度の防衛者をこれ以上の軽蔑をもって応酬している。すなわちこれに烙印するに最も惨めな狭隘な偏見の奴隷をもってし、またただ自分がそれにより利益を得るので市民社会の弊害を防衛するものなりとしている。更にまたこれを劃くに利益のために悟性を売買するの徒なりとし、またその精神力は偉大にして高尚なるものはいずれもこれを把握する力なく、身の前五|碼《ヤード》以上を見る明なく、従って叡智に富む人類の恩人の見解を取容れることは全然出来ないものとしている。
『かくてこの敵対の中にあって真理の大道は苦難せざるを得ない。この問題を論ずる両方面にはいずれも真によい議論があるのだけれども、それは正当の力を発揮するを許されないでいる。双方は自説を執って、反対側の者が述べる所を注意して自説を訂正改善しようとはしない。
『現存秩序を擁護する者は一切の政治的思弁を概括的に否としている。彼は退いて社会の可完全化性推論の論拠を検討することすらしないであろう。いわんやその誤りを公平に指摘するの労を採るが如きことはなかろう。
『思弁的理論家もまた同じく真理の大道を犯している。彼はもっと幸福な社会状態の有様を最も魅惑的に描き上げてこれのみに眼を止めて、一切の現存制度を口を極めて罵倒して喜んでおり、その才能を用いて弊害を除くべき最良最安全の方法を考えることなく、また理論上ですら完全へと向う人間の進歩を脅かす恐るべき障害に気づいているようにも思えない。
『正しい理論は常に実験によって確証されるというのは学問上認められた真理である。しかし実地の上では最も知識が広くかつ鋭い人にもほとんど予見し得ないような多くの摩擦や多数の微細な事情が起るので、経験に照してもなお正しかったものでなければいかなる理論も大抵の問題について正しいものとは云い得ない。従って経験に照してみない理論は、それに対する反対論をすべて念入りに考察し、これを十分にかつ首尾一貫して反駁してしまうまでは、おそらくそうであろうということは出来ず、いわんや正しいとすることは出来ない。
『私は人間と社会との可完全化性を論じたものを二三読んで非常に愉快であった。私は彼等が提供している、人を魅了するような光景に興奮と興味とを覚えた。私はこのような幸福な改良を熱心に希望している。しかしその途上には大きなしかも私の考えでは打克ち得ない困難があると思う。この困難を説明するのが私の今の目的であるが、しかし同時に私はこれをもって、革進を擁護するものを打倒する理由だといって歓喜しているものでは決してなく、この困難が完全に排除されるほど私にとって愉快のことはないということを、ここに宣明しておく次第である。
『私が述べようとする最も重要な議論は確かに新奇なものではない。その基礎たる原理は一部分はヒュウムが述べた所であり、またアダム・スミス博士は更に広くこれを述べている。ウォレイス氏もこれを述べ今の問題に適用しているが、もっともそれに十分の重きを置いて説いてはいない。そしておそらくこれは私の知らない多数の論者が述べていることであろう。従ってもしこれが正当十分に反駁されていたのであるならば、私はこれを今まで私が見たものとはやや異った見地で論じようとは思うが、それにしてもこれをもう一度述べる気にはならなかったことであろう。
『人類の可完全化性を弁護する人々がこのことを何故に無視するかは容易には説明がつかない。私はゴドウィンやコンドルセエの如き人々の才能を疑うことは出来ない。私は彼らの公正を疑おうとは思わない。私の見る所ではこの困難は打克ち得ないものであるがおそらく他の人も大抵はそう思うことであろう。しかるにその才能と智力とが周知なこれ等の人々はこれにほとんど留意しようとはせず一貫した熱意と信念とをもってかかる思索の道を進めているのである。彼らは故意にかかる諸論に眼を閉じているのであると云う権利は確かに私にはない。私としてはむしろ、かかる議論が私にはいかに真であると思われて止まないとしても、かかる人々がこれを無視しているのであるからその真なることを疑うのが本当であろう。しかしこの点においては吾々は誰でも誤謬に陥るの傾向を余りにも有《も》ち過ぎていることを認めなければならない。もし私が一杯の葡萄酒がある人に何度も出されているのにその人がこれに見向きもしないのを見るならば、私はその人が盲目であるか無作法な人だと考える気になるに違いない。しかしもっと正しい理論は、私の眼がどうかしていたのであり、出されたものは葡萄酒ではなかったというこ
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