の遊牧民を駆って、餌を尋ねる多数の餓狼の如くに、その生れ故郷を捨てさせたものは、欠乏に外ならなかった。このあくまでも強力な原因によって動かされて、(訳註――ここのところから二文は本章の後の方に再現する。その個所の訳註を参照。)雲霞の如き野蛮人は北半球のあらゆる地方から集ると見えた。彼らは進むにつれて新らしい暗黒と恐怖とを集め、その大群は遂にイタリアの太陽を覆い、全世界を永遠の暗黒に沈めたのである。世界中の文明国がかくも久しくまたかくも深刻にあまねく蒙ったこの恐るべき結果は、生活資料に比しての人口増加力の優越という簡単な原因に辿ることを得るであろう。』
そしてこの次のパラグラフは次の語ではじまり、その後五つのパラグラフは大体第一版からの書き写しである。
『牧畜国は農業国ほど多数の住民を養うことが出来ないことは、周知のことである。けれども牧畜民族をしてかくも恐るべきものたらしめるものは、………』
[#ここで字下げ終わり]
ヨオロッパとアジアの中緯度地方は歴史の初期に牧畜民族によって占有されたように思われる。ツキヂデスは自分の意見として、彼れの時代においてヨオロッパとアジアの文明国は、結合したスキチア人に抵抗することが出来ない、と述べている。しかし牧畜国は農業国ほど多数の住民を養うことは出来ない。けれども牧畜民族をしてかくも恐るべきものたらしめるものは、彼らが一団となって移動する力を有ち、また彼らの畜群に新しい牧場を探すためにしばしばこの力を発揮しなければならぬ、ということである。家畜をたくさん有っている種族は即座の食物に豊富である。絶対的必要の際には親家畜さえ食うことが出来よう。女は狩猟民族よりも安楽に暮し、従ってより[#「より」に傍点]多産的である。男は、団結の力を得て気強くなり、また場所を変えればその家畜に牧場を与えることが出来ると信じているので、おそらく家族扶養上の心配はほとんど感じないであろう。これらの原因は合してまもなくその自然的不変的結果たる人口増加をもたらす。もっと頻繁な急速な場所の変更が必要となる。もっと大きなもっと広汎な土地が順次に占有される。より[#「より」に傍点]広大な荒廃が彼らの周囲に拡がって行く。欠乏はより[#「より」に傍点]不運な社会員を苦しめ、遂にはかかる人口を支持して行くの不可能は余りにも明かにして抗し難きものとなる。そこで若者達は親の仲間から追われ、彼ら自身の剣で新らしい土地を探検し、彼ら自身のためのより[#「より」に傍点]幸福な居所を獲得せよと教えられる。
[#ここから2字下げ]
『世界はすべて彼らのえらぶがままにまかされた。』
[#ここで字下げ終わり]
現在の困窮にせき立てられ、より[#「より」に傍点]明るい将来の希望に輝き、そして敢為進取の精神に駆り立てられて、これらの勇敢な冒険者は、これに抗するあらゆる者にとり恐るべき敵となりがちである。平和な商業や農業に従事している、久しく定住された国の住民は、かかる有力な行動の動機に促されている人間の力にしばしば抗し得なかったことであろう。そして彼らと同一の境遇にある種族との頻々たる闘争は、いずれも生存のための闘争に外ならないのであり、従って、敗北の罰は死であり勝利の賞は生であるという反省に促されて、決死的な勇気をもって戦われたことであろう。
かかる蒙昧な闘争において、多くの種族は完全に絶滅したに違いない。多くのものはおそらく困苦と飢饉とで死滅したことであろう。しかし指導者がもっとよい指導をした他の種族は、大きな有力な種族となり、そしてみずから他に居所を求める新しい冒険者を送り出した。これらのものは最初は親の種族に恭順を致したことであろう。しかしまもなく彼らを結ぶ紐帯はほとんどなくなり、そしてその力、その野心、またはその便宜の支持するところに従って、友誼関係を持続しまたは敵となった。
余地と食物とを求めるこの不断の闘争によって起る莫大な人命の浪費は、不断の移住の習慣によってある程度自由に発揮されつつある有力な人口増加力によって補われる以上のものであったであろう。場所の変更によりその境遇を改善しようという一般の希望、掠奪に対する不断の期待、困窮した場合にはその子供を奴隷に売ることが出来るということは、野蛮人の生れながらの不用意と相俟って、後に至って飢饉と戦争により圧縮することになる人口を作り出すにすべて役立つことであろう。
より[#「より」に傍点]肥沃な地方を所有する種族は、それを不断の戦争によって獲得し維持したのであろうけれども、生活資料の増加によりその人口と力とを急速に増加し、遂には支那の辺境よりバルチック海沿岸に至る全領域は、かの勇敢、強壮、進取的な、艱難に馴れ、戦を好む、各種の野蛮人の種族の占拠するところとなった1)[#「1)」は縦中
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