を養うに足るだけのものを得て帰るか、またはその企図中にその生命または自由を失うかであろう。富者たらんかまたは死と決心をきめ、しかも手段を選ばない者は、貧乏人として永くは生きうることを得ないものである。
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1)[#「1)」は縦中横] 〔De'couv. Russ. tom. iii. p. 378.〕
2)[#「2)」は縦中横]『この群衆はその途上にあるあらゆるものを蹂躪し、自ら消費しないあらゆる家畜を持ち帰り、虐殺しない老若男女を奴隷とする。』Id. p. 390.
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一七七一年の移住以前には、ロシアの保護の下にヴォルガの肥沃なステップに住んでいたカルマック族は、大体においてこれと異った生活様式をしていた。彼らはたびたびは残虐な戦争をしなかった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そしてチャンの力は絶対であり2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、民政はキルギス人よりもよく行われていたので、私的冒険者の掠奪遠征は阻止されていた。カルマック族の女子は極めて多産的である。結婚して子供のないことは滅多になく、一般に小屋の周りごとに三、四人の子供の遊んでいるのが見られた。このことから(とパラスは云う)彼らがヴォルガのステップに平穏に暮していた百五十年間に、大いに増殖したに相違ない、と当然結論し得よう。実際は彼らが期待したほどに増加しなかったということに対し彼が与えている理由は、落馬による多くの事故、彼らの種々の王侯やまたは彼らの種々なる隣人との間の頻々たる小争闘、殊に飢餓や窮乏による貧民階級の多数の死亡、及び子供が最もその犠牲となるあらゆる種類の災厄である3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 〔De'couv. Russ. tom. iii. p. 221.〕 この種族はここではトルゴット族の名で記されているが、これは彼らに適当な名称である。ロシア人は彼らを呼ぶにもっと一般的なカルマック族という名をもってした。
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 327.
3)[#「3)」は縦中横] Id. p. 319, 320, 321.
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この種族がロシアの保護の下に投じて来た時は、彼らはスウンガアル族から分れて来たのであり、その数は決して
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