局、俸給をくれるものに対して頭が上がらない。上長に対しては、正しいと思ったことも言えないことがあると思ったので、一時郷里に帰って養蚕業をやったりしたが、また上京して、明治三十四年、東京帝国大学前のパン店「中村屋」を譲り受けて、商売をはじめました。
こんな考えではじめた商売ですから、私の商人としての態度方針には、普通の商人とはすこしく異なったところがあったかも知れません。明治のはじめ、福沢諭吉翁が唱えていた「独立自尊」という言葉ですが、私はだいたいあの気持で商売をやって行きたいと思ったのです。政治家が政治をするのも国家社会のためであるだろうが、商人が商売をするのも国家社会のためでなければならぬ、同じく国家社会のために、政治家となり、商人となっているのだとすれば、政治家が身分がたかく、商人は卑しい者だなどということはないはずである。ところが我が国では、昔から、うまく胡麻化して儲けることが商売であるくらいに思っていて、商売には人格とか道徳だとか全く無用のものと考えている者が少なくなかった。その結果は、他人も商人を卑しい者だと思うし、商人もまた自ら卑しい者だと思うようになってしまった。だがそ
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