、日頃の勉強が出来ないことになる。もっとも問屋の小僧さんなどにはやっている。これは何故かというと、東京の商売は御承知の通り、自分の店でいろいろ整えておいても、場合によるとにわかに品物が切れることがある。そういう時に問屋に電話をかけて、どうか頼むというと、問屋の小僧さんが自転車か自動車で直ぐ持って来てくれる。それが一年の内には何十遍何百遍かになってどんなに苦労をかけているか知れない。それで私の所では、出入りの問屋、材料を納める家の小僧番頭には、まあ一円ないし五円くらいの歳暮中元を贈って居るが、お得意様の方にはついぞ葉書一枚も持って行ったことがない。甚だ不愛想のようだけれども、それだけ実際商品の方に勉強しているので年々お客様がふえて行く。いくらそういう物を持って行っても、品物が不勉強だとどんどんお客様をほかに取られてしまう。百貨店などでも、停車場へ降りるお客様を自動車に迎えて、どうぞうちの店に来て下さいと、サービス専ら努めている。そこで白木屋とか三越とかの近所へ行く人までがさっさ[#「さっさ」に傍点][#「さっさ」は底本では「さつさ」]と乗る。まことにそういう人には便利に出来ている。けれど
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