思う。物を買ってもらうということは恩恵ではない。これは人様の必要に応じて売るわけであって、決してこちらから卑屈になったり、恩恵的に恐縮したりすべきものではないと思う。

    商売の基は勉強

 それでは商売の基本はどこにあるかということになると、手数というものをなるべく少なくして、お客様に良い品物を格安に売るということであり、またそれが人に対する好意であり、同時に人に喜ばれる原因で社会奉仕である。それをお世辞や嘘で固めて、無理に買って貰うということになると、旧式の金儲け主義で、同時に恩恵的になる。ちょうど孤児院あたりで十銭の筆を三十銭でどうか買って下さい、大勢の子供がお粥も食べられませんからと訴える。これは恩恵的である。十銭の物を三十銭貰う、つまり二十銭だけその人の義侠心に訴えるのである。商売はそうでない、十銭の原価のものに一銭五厘なり二銭なりの手数料を見てそれで売るので、得意が自分で他に買いに行けばそれ以上高くなるゆえに、これは少しも恩恵的ではないのである。
 恩恵的でもないものを、日本の昔は恩恵の如く考えた。従って買う人は非常に傲慢なものであって、どんな無理を言ってもよいという
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