「商人といえども理想を高く掲げて、相当の利益を挙げて立ち行き得るものである」と、確信を以て答えることが出来る。むしろ、現在の商人は利益を望んで理想を持たざるが故に滅び行くのであると考えている。
その一例として言って見ると、私は昨年十二月十四日から一週間、日本橋白木屋において開催された電通主催、地方各新聞社推薦の「地方物産展覧会」を見に行って驚いた。ほとんど珍しいのがないばかりか、地方地方の特色は全然失われ、みな東京の支配下にある、という感を深めた。
食料品に至ってはことに甚だしい。参考材料になるようなものは一つもない。かくも地方の不振を招いたのはいったい何であるか。地方経済の不振ということもあろうが、その主な原因はやはり時勢に応じて進む研究心と努力の不足であると言わねばならない。例えば上州前橋の片原饅頭である。三十年前までは片原町全町を挙げて饅頭屋であった、片原町に行って見ると朝早くから軒並に湯気を立てていて実に見ものであった。前橋はいうに及ばず高崎でも、旅館はみなこの片原饅頭を土産に出すので、全国的にその名を知られていたものであるが、現在ではたった一軒その名残りをとどめているにすぎない。
ある時群馬県知事の某氏が私を訪ねて来られたので、私はこの片原饅頭のことをいうと話だけは聞いているが、「どうして駄目になったのでしょう」とかえって理由を聞かれたようなことであった。いったい利根川べりの砂地に出来た小麦というものは日本一の優種で他に及ぶものがなく、江戸でも京都でも最上級の麦粉としてもてはやされたものである。ところが十数年前、日清製粉工場が館林に出来て、一般の小麦を買い集めて二等粉に製した。すると片原饅頭もこの二等粉を用いるようになった。
一方東京の一流店では日清製粉などには飽き足らず、値段は二倍とするが、それを厭わずにアメリカのセントラルベストあたりを用いるようになったから、片原饅頭の名声がすたれたのに不思議はない。
もしこの場合製造家が片原饅頭の名代を護り、海内唯一の理想を掲げて、良い材料を選ぶことに苦心したならば、長年の信用をこんなに早く失うはずもなかったろうにと、まことに惜しいことに思われる。
西新井薬師の門前は、軒並に名物「草だんご」を売っている。昔あの辺は一帯が原であったので「もちぐさ」が豊富に得られ、だんごやもこれで起ったものであろう。ところが現在ではだんごに青粉を入れている。従ってこれは「名物」だからと買って賞翫する気にはなれない。今日ではただ僅かに名物という名残りをとどめるにすぎないのも故あるかなである。
私の店でも「草だんご」を売るが、まだ春浅く東京近辺では草が萠え出ていない時分にどうするかというと、房州辺から一貫目二円ぐらいの草を買って拵えているのだ。何品によらずこれだけの注意は払わねばならない。西新井薬師の「草だんご」もこれだけの誠実があれば名物の地位を失うことはなかったのである。
奥州八戸に「胡麻せんべい」というのがある、昔は東京までその名が聞こえて賞味されたものであるが、最近これを買って見ると一向うまくない。種々研究の結果はこうだ、八戸は昔胡麻の名産地であって、粉も非常に良いものを用いていたが、近頃は粉も劣り、胡麻は安い支那産のものを用いている。
世は日進月歩であるのに、造るのは次第に劣って来る。人間も誠意と努力が欠けて来る。昔はその土地が自然に優れていてそれが名物となっていたものであるが、世が進めばこれに対抗する苦心があるはずだ、老舗などが倒れて、新しいものにお株を奪われるのもみなこの苦心を欠くからである。
すべて日本人の弱点として、アメリカやイギリスを真似て得意がると同様に、地方ではやたらに、「東京を真似る」ので地方の特色を失って行く。封建時代は地方地方の名産がまことに特色があり、如何にもその土地らしいにおいがして、ちょっと旅をしてもどんなに趣き深いことであったろう。それが現在では日本が一律に単調化し、平面化し、ますますその味わいを失って行く、文明、人物、みなこの名物の例に異らずである。
また日本の「イチゴ」は世界一である。日本の土地柄として水蒸気の多いことが原因するのである、また日本の果物もオレンジ(米国第一)を除いて他は世界で最も優れている。「イチゴ」がそんなに上等であるのに、日本出来のイチゴのジャムは相手にされない、アメリカ産の一斤入り瓶詰が二円、イギリス産BCが一缶八十銭であるのに、日本産は三十銭というみじめさである。それだけ値が違ってもいまだに舶来品が輸入される。世界一の原料を持つ日本が何故に悪い製品より出来ないかというに、問屋が製造家をあまりに攻めすぎるからではなかろうか。
私は昨年から、一粒選りのイチゴを最上のザラメを用いて、一缶につきおよそ三四銭余計にかけて三
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