な筈はないといって頑張るので、試食比較してみると、なるほどかわっていない。そこでいろいろ原因を調べて見たが分らない。ところがうちの羊羹の方が虎屋のものより形が甚だ小さいために、外観が貧弱に見えて如何にも味までが劣っているように見られたのであるということがわかった。そこで今までより形を三倍大きくしたところが非常に評判がよくなった。これは一例であるが、私は頑固のようだが、いろいろの人の意見を努めて聴くことにしている。悪いと思えばすぐ改める。昔からのしきたりなどにこだわってはいない。以前の話だが、店の者が近くへ引越した某邸へ御用聞きに行った。ところがそのお邸ではとりつけの店があるからというので、てんで[#「てんで」に傍点]中村屋など眼中にないという風で、剣もホロロの挨拶だった。店員はくやしがって帰って来たが、それから四五日するとそのお邸から電話で菓子の注文があった。不思議に思いながら行ってみると、そこの奥様が出てこられ、先日の非礼を詫びられて、これからひいき[#「ひいき」に傍点]にしてくれるとの話であった。よくわけを聞いてみると、そのお邸では、最近よそから貰うおつきあい物の菓子がほとんど中村屋のものだったので、あらためてとりつけの店の品と試食してみたところ、何ら遜色がない、しかし価は廉いというので、店へ注文されるようになった。しかしこうして認めて貰うまでにはなかなかの努力と苦労があるものである。」
「主人が店頭に出て金を受取ったり、品物を渡したりしているようなことでは駄目だというのはあなたの所論だそうで、お店にも滅多に顔を出されぬと聞いていますが、それはあなたのように立派な御子息がお店を切回わしていられるから、そういうことをいっていられるのではないだろうか」
「私だって毎日店へは出て居ます。それはただ三人や四人の店員を使っている店では、主人も一緒になって働かなくてはならないが、二三十人からの店員を使うような店では、主人が使用人と同一になって、一局部の仕事に没頭しているようではいけないというのです(中村屋には二百幾十人の従業員がいる)。単に主人ばかりではない。職長とても同じことで、高給を取る職長になればなるほど自分で仕事などしない。職工達をよく指導監督して、材料の無駄、時間の無駄のないようにと仕事の手順を按配してやって、総体的に能率をあげるようにする。自分で仕事に没頭していて大局が分らぬようではなんにもならない。結局、大将は第一線に立つより帷幕にあって謀をめぐらすべきだというのです。だから彼の武田信玄が『大将の刀は妄りに抜くべきものではない、大将には軍配があれば沢山である』と言ったあの言葉のうちに学ぶべきものがあると思う。
これについて数十年前の話であるが、森永が資本金二百万円の日本唯一の大製菓会社となった時、そこの社長の森永太一郎さんが、自ら白いエプロンをかけて職工達と一緒になり工場に入って菓子をこさえているというので、いろいろと新聞や雑誌に賞讃されたことがある。私はこれには賛成することが出来なかった。なぜといわれると、言うまでもなく資本金二百万円もの大会社の社長ともなれば、社長には社長としての仕事がある。それを森永さんは大事な社長の仕事は番頭格の松崎半三郎氏に任せきりで、自分はいわば技師長の仕事しかしていなかったのだ。その方針で来た結果森永さんはどうなったか? とにかく大将には大将としての仕事があるということの的を逸してはならないと思う。」
「ところで、店員達の使い方について何か秘策でも……」
「いや、別にコツも何もない。ただ店員たちが働いてくれるから、自分はこうしていられるのだという店員に対する感謝の気持ちをもって接している。それも雇人を他人だと考えないで、自分の子供だと考えている。自分の子供だとすると悪いのがあってもすぐやめさせるという訳にも行くまい。何とかしてよくしてやらねばならぬ、それも非常に出来のよいものと悪いものとがあるが、これも本人の天性だから仕方がないが、各々適材適所に振り向けて仕事のやりよいようにせねばならぬ。それに仕事の非常に出来る何でもやれる人間だと得てして悪い方面に陥り易いものだが、主人はこれを一段と高い所から見ていて、少しやりすぎると思う者には注意し、伸び足らぬ者とほどよく按配して全体の調和をよくしてやる。これでなければ小にしては店、大にして国でも円満に発達して行けないと思う。私はお庭の植木屋のする仕事を見て非常に感心しているのだが、植木屋は勢いのよい伸びすぎる木だとドンドン鋏を入れて、伸びの悪い木に太陽の光が当るようにするとか、あるいは植えかえるとかしている。店でも国家でもこの呼吸でやるべきものと思う。ところが今の有様では自由放任で勢いのよい奴は伸びるだけ伸び放題というやり方だから、一二の巨木が天をお
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