に趣味を感ずるに至らずして中途で廃するものが多い。
 また彼らは女学生上がりが奥様風を好んで町人風を装うのを厭がる如く書生上がりの職人も昔の書生風を脱却するに逡巡躊躇するものの如く見える。同じ朋輩の職人や小僧と共に外出するにも、自分だけは羽織袴にステッキという扮装で、一見子弟を率いる先生の如くである。これ甚だ些細のことであるが、必竟書生風を脱し得ない輩は、その覚悟もまだまだ本気でなく、乳臭さが取れていないことを証明するのと見て差支えはない。また体力においても、小僧から鍛錬されたものよりははるかに弱くして、忍耐力少なく、僅かの労働にもたちまち疲労を来し、また自ら苦痛を感ずること甚だしいので、主人側でもこの書生上がりの職人を雇うことは非常に不得策で、使いにくいこと予想の外である。

    苦学生採用の可否

 前項において、書生上がりの者の職人として成功甚だ覚束なきことを説いたが、苦学生に至ってはなお然りとす。いったい苦学生の目的は学問を主眼にしてかたわら僅かの労働をなし、それによって学資と衣食の料に当てんとするのである。生活難が今日の如く甚しくなかった十数年前には、学僕と称して、庭掃きや使い歩きくらいで生活したほか、勉学の費用まで与えられ、それで成功したものもまれにはあったが、今日の世の中はその時代よりも幾層倍せちがらくなって、堂々たる学士や紳士たちさえ、ただ糊口のために汲々たる有様となった。自分と家族が生活していくだけでも、なかなか容易のことではないのである。
 しかるに苦学生諸君はこの辺の消息は少しも御存じなく、東京は広い所で仕事の沢山ある所だから半日仕事して半日勉学の出来る方法は容易に見出し得るものと思って、田舎から押しかけて来る。それで己れの希望を容れて世話してくれる人をば、やれ無頼漢の、しみったれの、と途方もない悪口雑言を叩く不了見者もある。我々は貧民と同様に味噌汁と香の物を食いつつ生活しているものであるのに、ある苦学生諸君は我等の朝食料の幾分を節約して、学資を与えよ、然らざれば汝等は同情の念の欠乏せるものとし、共に道徳を談するに足らぬものとして諦めよう、などと、脅迫めいた手紙を送られることも珍しくないのである。
 そこで自分らも一度は境涯を経て来たものであって、また少年時代の学問に志を立てながら、学資の不足なために学問が出来ないと云うことは、その本人に取
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