ことではない。必死になって人一倍働かねば、実際生きて行かれないのである。

    五、パン店

 これも素人好きのする商売であって、ことに女の内職としてはこの上もない適当な仕事である。ある悪口屋は痛罵して曰く、パン屋の内儀さんは大概妾であると。たしかに一部を穿った真理である。実に女子供にも容易に出来るのと、資本も三四百円もあれば開店できるので、同業者夥しく、同町内にも数軒より十軒くらいの多きに及ぶ所も、店にはガラス瓶や缶詰等の商品を見事に飾り立て、白熱ガス燈でも点ずる時は、ピカピカテカテカ輝り返して外観すこぶる美わしいけれども、物には裏表のあることを記憶せねばならぬ。妾的婦人が小綺麗に扮装して美しく磨き立てた店に鎮座ましませど、儲かり過ぎて綺麗にしているのでは決してない。たとえ僥倖にして成功したところが、自分一人の食料か家賃の幾分を補うくらいが関の山であって、店の売上げをもって家族を養うことはとうてい出来ない。多くは半年一年の内に食い込みとなって、店を人手に譲り渡すのである。自分は開店以来僅か数年を経過しただけであるが、この間に取引せし小パン屋約三十軒余であったが、今なお現存している店は、塩煎餅を製造してパンを副業とする店と、食パンを製造して菓子パンをかたわら売るという店と、ただこの二軒が残って続いて営業しているのみ、その他は屋号こそ旧のままなれど、店主は何代か変っているのである。まことに心細いことではないか。
 いったいパン屋なるものはきわめて金高の少ない薄利な商売であって、卸しの割合は二割から二割五分増しを通例とするが、これがすなわち純正の利益とはならぬ。この内から袋代を払い、ガラスの器物の破損をも償い、また菓子パンのローズとして売物にならないものが出来てきて、かれこれ損害の分を差引き、平均一割の儲けとなればごく上出来である。こうして普通受売屋の一日の売上げ二円より三円五六十銭を普通とし、四五円を得る店は甚だ稀れである。かりに五円の売上げと見積って一ヶ月の利益僅か十五円に過ぎぬ。以上は受売パン屋の内情を少しく述べたものであるが、これより製造の内幕を開いてみよう。但し食パンの製造は素人にはちょっと手の出せる事業ではないから省略することにした。
 いったい何でも製造ということは、素人目には非常な利益が多いように見えるものであるがその実全くこれとは反対である。何故な
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