なく、コーヒー、ココア、洋菓子、食パンも添えて客に出すのであるが、いったいミルクホールというのは至極手間のかからない、簡便な弁当代りのものを認めるところであるから、昼食と夕食時刻の前後には、あいている椅子のないほど客が充満して、数人の人手を要してなかなか忙しいが、その時刻以外には、店番の必要はないくらい、客足が遠くなって手持無沙汰のことがある。この忙しい時の助力がことごとく雇人でもあれば非常に不経済になる。前後の閑な[#「閑な」は底本では「閉な」]時にもこれらの雇人の手を遊ばしておき、そして給金を払わなければならないのであるから、その時間を利用して、牛乳の配達を兼ねざれば経済が立たぬ。一合のミルク普通四銭を定価とし、平均店と配達とにて一日二斗内外の牛乳を売れば家族の数人の生活費は得られるであろう。但しこの商売ほど同業者多くして、競争の激烈なものは他に比較を見ないところであって、彼らは一度得た得意を逃さないためには、巣鴨の如き僻陬の地から、浅草深川の如きとび離れた場所へも喜んで配達するのである。そのくらい勉強をしなければ得意は取られてしまうからである。ある牛乳屋は自分で牧場を持ちながら自ら搾乳と配達をしているが、毎日東京市中を十里ずつかけ歩くという実話をした。創業の際などはこれほど勉強しなければ競争場裡に立って行けないのである。牛乳配達の回数はおおむね午前午後と二回であって、午前は朝三時頃から始め、午後の配達は二時頃から配らなければならぬ。得意は滋養物として規則正しく飲用する人が多いから、ぜひ食事前に間に合うよう配達せねば、直ぐ他の勉強家に得意を奪われてしまう。
 次に牛乳屋は甚だ手数のかかるものであることも、予め覚悟しなければならぬ。牛乳は甚だ腐敗の早いもので、少しも油断は出来ぬゆえに、牛乳が牧場から運搬されるたびごとに、親切に入念に消毒法を行わねばならない。ことに夏期は一度消毒した牛乳を絶えず冷水につけておくこと、用器や空瓶も丁寧に消毒することなどなかなか苦心を要するものである。洗いようが粗末であれば、牛乳がいくら新鮮でも腐敗するのが早くなる。一度腐敗した牛乳を知らずに配達したら最後、たちまち信用を欠いて即日お断りを受ける。しかし普通のミルクホールを開店するには、椅子[#「椅子」は底本では「綺子」]テーブルから菓子皿コップ、室内の装飾等のために、三百円内外かければ
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