充分の賠償をなせども、家屋所有者以上の損害を蒙るべき営業人すなわち造作の持主に対しては、ほとんど償う所なく、ただ僅かに二三十円の立ち退き料を給するのみである。実に当局者の無知なために、如何に良民が苦しめられているか、少しく調査を願いたいものである。
八、地方人と東京人との嗜好の相違
ここに田舎の富豪があって、最愛の娘のために最上の嫁入り支度を調達せんとして、数千円の金を擲《なげう》って、田舎ではとうてい東京の中等呉服店にあるほどの品物もなかなか得られないのである。洋物、小間物、飲食物器具等またしかり、これに反して田舎に売れ行く粗末な品物を、東京において求めても容易に見当らぬであろう。これは東京人と田舎人との趣味嗜好の相違するゆえんである。ゆえにもし地方人の歓迎を受けんとするものは、品質粗悪でも価さえ廉であるならば、のんきな田舎人はわらじがけで買いに来る。しかし東京においては全くこれと正反対であって、価安きもの必ずしも売行きのよいものではない。むしろあまり廉に過ぎれば、却って得意に不安の心を抱かしめ、その品物につき多少の疑いをはさませる場合がある。それゆえ東京人の喝采を博するには、ぜひ品質の精良なるを選び、原料をも精選せねばならぬ。しかも彼らの嗜好に適しさえすれば、価高きには驚かない。借金を質に置いても買わずにはいない。見よ有名なる商店はいずれもこの方針によらないものはないのに心づくであろう。我ら開店せんとした時に、郷里の一名物を持って来て、大いにこれを広告的に廉価に売り捌こうと思った。それで自ら産地に赴き、またその製造所なども実見して製造家と特約を結び、意気揚々満腔の希望を抱き、天晴れ実業家に成りすましたつもりで東京に出て来た。しかし噫呼これも書生上りの空想に過ぎなかったのである。我得意たらんとする人は東京人であったことを忘れて居ったのである。我が郷里の人こそ名物として珍重するが、都人士の口はすでに一と昔も否もっと以前から舶来品の最上等を味わっていた。原価を切って馬鹿に安売りしても、都人士は一瞥も与えない。営業を経験せし後、初めて東京人の嗜好如何に考えの及ばなかったことに気づいたのである。これひとり我々ばかりではない。一地方の特産を持つ人は誰しも初めはこの考えを持つらしい。また今日現に各国の産物が、その地方よりわざわざ支店を出して盛んに広告をしては販売
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