した。開業以来すでに十年になるが、割合世間に名が広まらないで依然として微々たる有様である。これに反してその人の朋輩であった所の一歯科医は、人物も技術も前者に比してはるかに劣っていたが、機敏にも大奮発して中央の目抜きの場所へ開業したため今は堂々たる歯科院長として、非常な盛大を致しているようになった。その他医師はもちろん弁護士、産婆などのすべて人を相手の職業は、その得意とすべき人物が有力で、そして多数である所を選ぶことが最も必要である。ことに商業はこの点については最も苦心を要する所である。一度この選択を誤まれば、万事は休するのである。
 なお一つ注意すべき事が残っている。それは東京市中に電車が開通するようになったため、各商店は非常な影響を蒙った。すなわち電車停留所付近はまだ開通していなかった以前よりも売上げ高が増加して、ただ通行する道に当っている商店は大概売上げが減少して来た。つまり停留所付近で増加したそれだけ減ったわけであるから、この事もよく考え合さねば失敗を招く原因となるのである。

    二、地理上の関係

○昔の人は山に住む人を仙人といい、谷に住む人を俗人といったそうだが、商人はその俗人中の俗人であるから、なるべく低き所に店を持つことが必要である。土地の高い所には決して大商店は発達せぬものである。これは一種の心理作用から来るものと見え、誰しも買物になど出かける時には、我が居宅から低い方へ行き易く、高い方へは容易に足が進まぬものであるから、とかく低い所が商店としては繁昌するようである。東京、横浜、大阪神戸なども、ことごとく下町に商店が集っていて、山の手は学者官吏などの住所であるゆえに、高低のある地であるならば、なるべく低き所を選まねばならぬ。
○あまり広き路幅の所は店が淋しく見え、夏は日光が強く照らすように思われ、冬は寒そうに感ぜられて、道行も幅の狭い街へ避けようとする傾きがある。これはひとり人間ばかりでなく、魚の泳ぐ所を見てもやはり物の陰に集まろうとしている。それゆえ市区改正のために商業上大打撃を受けた実例は到る所にある。路幅の広い街さえすでにかくの如くであるから、片側町の繁昌しないのは申すまでもない。
○坂町も禁物である。人は坂を上らんとする時は必ずやっとの思いで頂上に達せんとあせるものゆえ、途中の商店に眼を配る暇がない。下る時も同様である。馬なども坂路は非
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