国人のみが我物顔に振舞って、日本人が片隅に小さくなって居たのがだんだん活発になり、運動に、水泳に、内外人間に少しの隔りもなくなり、和気靄々[#「靄々」はママ]として国際的の空気を出して来たことは全く日本服の賜でありました。
 船がイタリアのナポリ(ネープルス)に着いた時、独逸のハイデルベルヒに留学中であった長男と娘が出迎えてくれましたので、早速娘にも裾模様の着物をきせて歩かせました。
 その後パリのオペラにも日本服で行きましたが、彼の地の貴婦人等はダイヤモンドの飾りのついた高価な服などを着て居りましたが、その美人連も裾模様の日本服の前に顔色なしでかわるがわる来て、奇麗だ、美しいと云って褒めました。
 外国の家庭を訪問する時など特に日本服が喜ばれました。ハンガリーに行った時の如きは、同国人が東洋人種である関係から、非常に日本服を愛好して居りますが、私等が日本服を着て行ったお陰で、彼方此方からお夕食の招待を受けて、ことわるのに閉口したくらいで、やむを得ず二三個所に招かれて行きましたが、日本服がとても歓迎されました。
 デンマーク[#「デンマーク」は底本では「デーマーク」]の農家を訪問した時などは、案内役の外人が「不便でも日本服で行って下さい」と娘にたのんだほどで、至るところ好感をもって迎えられたのは愉快でした。

    便利な日本服

 日本服のいいことは、羽織袴や裾模様の着物が第一礼装として、立派に公式の席に用いられることであります。洋服であっては、夕食に招かれる時、ダンスをする時、オペラを見に行く時といった具合に、四種ほどの礼服を用意する必要がありますが、日本服ならどこにでも通用します。
 現にこんな話があります。先年スエーデンで、ノーベル賞の授与式があった時のことです。日本の公使館の人々も招ばれたのでしたが、燕尾服を着て行かなかったがため、ついに参列することが出来なかったが、同行した桂井氏と云う学生は日本服で出かけたので、その人だけが日本を代表して授与式に参列することが出来たとのことでした。
 私は幸い日本服で行ったので、不恰好な燕尾服やシルクハットの難をのがれ、しかも日本の大使館や外国の大学総長等の招待にも大威張りで出席し、先方の人達から歓迎されました。

    働くには洋服がよい

 働く人とか学生等には洋服は便利であるからおすすめしますが、外国に行く日本
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