おってしまって下になった樹木は枯死するという状態だ。
一例だが、海外へ出ていろいろな話を聴いて見ると、日本人が海外で何十年もかかって営々辛苦して基礎を築いた商売が、三井物産などの手が伸びると根こそぎ奪われてしまうというような話もある。ともかく海外において三井物産に睨まれたら商売が出来ぬというほどで、大使館、領事館よりも三井物産がコワ[#「コワ」に傍点]がられているという話だ。こうして少数の財閥が何もかも独占してしまうので、小さいものは手も足も出ないようにされてしまう。これが、二・二六事件などの原因をなしたのではないかと思う。それかといって、この一、二の巨木をきり倒してしまう必要は全然ない。これも我が庭園の景趣を添える上に欠くべからざる樹木なのだから、庭全体の眺めのよいように適当に鋏を入れて、大木は大木として存在させて置くことには差支えない。またこうした巨木のあることは隣家への大きなほこりでもあるわけだ。」
「中村屋だけはデパートみたいに近代化されているので店員は恵まれている訳ですね」
「うち[#「うち」に傍点]の店は御覧の通りおかげさまで非常に忙しい。店員たちはほとんどスキがない。そこで、パン、和洋菓子、喫茶、食事等にわたって各部門ごとに一人当りの製造高や販売高を調べると、製造高から見ると従来の日本菓子の職人は一日一人二十円くらいのものだがうち[#「うち」に傍点]ではその二倍四十三円くらいこさえている。といった具合で私の標準としているレベルよりも、製造販売ともに平均一割一分ほど余分に働いてくれている状態である。だから店員達も相当つかれる。そこで、働く時間は短くして早くしまわせる。その代わり時間中は一生懸命やって貰う。その方が能率的である。よく店員など使うのに少しでも遊ばせて置くのはもったいないとか、時間を長く使うほど得だとかいうふうに考えてずいぶん長時間働かして喜んでいる主人がある。また職長になると、あながち自分が手を下して仕事をするばかりが能でないのだが、何とか忙しそうに手をつけていないと主人が気に入らぬ。人間だからそう長時間ハリツメて働ける訳のものではない。正直に真剣にいうてもそんなに永く働いていたら身体がまいってしまう。適度に休養して身心にユトリを与えてよく働くというふうの人でなければ決して大成しない。あせってハリキっているばかりが能じゃない。ある有名な雑誌
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