してはならないと、店の者皆に言い渡した。店では「一番のお得意様で惜しいではありませんか」と私のやり方に反対するものもあったが、私は断然初めの所信をまげなかった。
 その翌日、翌々日と、持って来いとの注文があったが、「ただ今そちらの方へ都合がありませんからまことにお気の毒ですが」という調子で、いつも断ってしまった。こういうことがたび重なるにしたがって、電話の注文も来なくなった。ところが、今まで来たことがない肉屋の小僧が来て、大きな買物をする様になった。はておかしいなと思って、小僧にわけを尋ねて見た。「いや貴方のお店で○○さんの注文をお断りになったので私の方へとばっちりが来て困りましたよ、今も○○さんの所から電話で、中村屋さんのパンを買ってとどけてくれというので、今うかがったわけです、お蔭で私の所の用事が倍になりました」とのことであった。
 いくらお客様でも、そのやり方が不合理な時にそのわがままを許さないというのが私の主義である。

    よい商品が最上の奉仕

 仕入は全部主人がせねばならぬ、それは主人が商品に対して絶対の責任を負わねばならぬからである。他人任せでは往々にして二流品が一流品として仕入れられ、それが一流品として客に渡されすなわちお客を欺瞞する結果となる。そうなると店の信用にかかわり、売れ行きが悪くなる。お店は素人故に何もわからないなどと思うと天罰|覿面《てきめん》、必ずその影響があらわれるものである。
 私は毎月一回市内外の同業者並びに百貨店の調査をしている。そして最も勉強する店の商品の品質と目方と自店のものとを比較対照して、どこのどんな小さい店でも、自分のところのものよりいいものを安く売っているとすれば、飽くまで研究して行く。
 また春秋二季には、京都、大阪、神戸方面から北海道方面に調査に出かける。朝鮮方面まで出かけたこともある。そして他より優れていると自信が出来るまで努力する。
 かくして私の努力と研究は、みなこれをお客様に万遍なく奉仕しているつもりである。全生命を打込んだ奉仕の結晶が私をして今日あらしめたものであり、それはまた同時に私の商業道である。

    能率の平均

 営業能率をあげるに最も重要なことは、人一人の能率をあげることである。能率をあげるには毎日の能率を平均して発揮せしむることが一番よい。ある日は目が回るように忙しく、ある日には
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