賃もすべて店主持ちである。
 今年の夏も、私が下準備のために見に行った。そうすると、浜辺に無料休憩所というのがあるが、これは非常に混んでいる。ふとその隣を見ると、これはまた非常に気持のよさそうな茶屋がある。これは有料休憩所であった。十銭出せば大威張りで利用が出来るのである。そこで、店員達の気持にすればせっかく鎌倉まで来て、脱衣所が不便なばかりに充分に楽しめなかったとしたら残念であろうと思えたから、この場合の十銭の価値あらしめようと、さらに脱衣料としてそれだけ増して与えることにした。果して店員達は大喜びであった。
 芝居も年に二度ずつ見せていたが、すべてこれは一等席で見せることにしてある。昨年から相撲をも見せる事にしたが、これも上等桟敷を買うことにした。何か御祝いの機会には、一緒に御飯を食べる。これも最高とまでは言わぬまでも粗末にならぬ程度、西洋料理なら二円五十銭、支那料理なら一卓三十円くらいのところにしたいと思っている。各自めいめいの金で食べるならともかく、いやしくも店主の費用で御馳走するのに人の後の方ですまされたとあっては、彼らの自尊心を傷つける事となる。また三度のところが二度であっても、第一流のところに招待する機会をつくってやると、自然に品性をつくり、行儀もよくなり、誰にもひけをとらぬという自信を持ち紳士としての修養にもなるようである。
 物故した店員のために、この間も芝の増上寺で大島法主をはじめ、導師の方二十三人に出て頂いて法要を盛大に行い、店員一同店を休んでこれに出席したが、非常に行儀がよかったと褒められ嬉しく思った。店員は一人二人、特に抜擢はせぬ方針である。これは入店の際に厳選が利いているから、その必要を認めないばかりでなく、家族的の朗さのためでもある。

    典型的な人

 スタンレー・オホッキーは、ロシヤの製菓技師である。菓子製造に従事することすでに三十余年、ほとんど世界を隈なく渡り歩いて技術を研究して来た男であった。技術の優秀なる点では、残念ながら日本人でならぶものがなかった。
 私の店では、以前、ロシヤ菓子は直接ハルピンから輸入して販売していた。それでは新しい品物を得ることが出来ない。いつも技師を雇ってこちらで造ったらと考えて居るところへ、その頃偶然にもモスコウから来たのが、我がスタンレー・オホッキーであった。
 私の肚では、給料はその当時でま
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