このほか歳暮、中元にはまたそれぞれ相当の手当を出します。

    未解決の休暇問題

 私は店員全体に一週一回の休暇を理想としているのですが、商売の性質上並びに従業員数の関係からいまだその実現の期に達しません。それで今のところ月三回の外、新年休と暑中休を与えています。
 以上はまず私の店員待遇概要というところで、口に出していう時はこうして事実を羅列するにすぎませんが、いずれ人格の尊重ということを精神的基調としていることですから、もともと眼に見えぬ形而上の問題です。お前の店は何をどうしているか、と一々訊ねられて、完全な答をすることは容易なようで実はなかなかむずかしいのです。

    店員の休暇について

 私の店は以前平日は七時しまい、日曜、大祭日は五時しまいでありましたが、店の発展に伴い今日では営業時間を毎夜十時まで延長することになりました。と同時に三部制とし、朝七時出は午後五時まで九時出は七時まで、正午出は十時まで、と各十時間勤務に改め、ほかに月三回の休みを与えることにしました。
 これでやや改善されたと考えていますが、毎年四月や十二月のような特に忙しい時にはまだまだ過労のように見受けますので、一週一日の休みと勤務時間を更に短縮する必要があると考えています。
 こうして私が今日まで実行し得ないでいる日曜休を、秀英舎(今日の大日本印刷会社)の前社長、佐久間貞一氏が二十年前すでに実行して居られました。その理想に忠実なる、私は実に頭が下がります。また商店連盟会長の高橋亀吉氏も早くからこれを励行されているとの事であります。
 しかし事業的に大成功せられた人々の内には、この佐久間氏、高橋氏等と反対に、いっさい自分の体験に基いて、少年時代にはちょっとの隙もなく、十六七時間も打ち通して働きつづけるくらいの熱と気力を必要とすると説かれている人もあります。が、それは万人にすぐれた精力の持主のことであって、一般の使用人に対して求むべきことではないと考えられます。
 私の友人に、今は故人となりましたが、蚕業新報社の社長で竹沢章という人がありました。精力絶倫非常な熱心家で、朝は未明に起き、夜は十二時より早く休んだことがありませんでしたので、社長は一体眠ることがあるだろうかと社員等が疑問にしたくらいでした。
 その頃私はこの雑誌の主筆として、一人の記者を紹介しましたところ、僅か二年でそ
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