は、父兄の営む商売も、百貨店や、公設市場、購売組合等の圧迫を受けて、さっぱり振わない。父兄そのものが自己の営業に不安を懐いているし、この不振の商売に手助け等の必要もない。子供もそれを見ているから、家に居れぬし、外に出て何とか給料をとる仕事にありつこうとする。卒業間際になると、訓えるどころか『先生何か仕事はないでしょうか』と頼みに来る。ところが、百貨店で小店員を募集すると、二十倍三十倍の少年少女が蝟集する今日の就職難ではどうすることも出来ぬ。指導も何もあったものではない」
 校長として、一カ所に二十幾年もいたならば、その年々に校門を去り行く少年少女達の心に、その社会の様が反映して、恐しい時世の変化に今昔の感に堪えぬものがあると思われる。これはここだけのことではない。恐らく全国的のことであろう。また商人の子だけではなく、農村の子弟皆しかりであろう。朝、露を踏んで出て、夜、月光を浴びて帰る。勤勉そのもののような農家の生活、それだのに借金はかさむばかり、農家の子弟は子供心にどう思うか、そしてまた農村の小学校長は、都会以上に卒業生に与うべき言葉に迷うであろう。
 時世はかく窮迫しているが、私は弱きものは弱きものとして、小さき者は小さきものとして、生きる道があると思う。そこで日常多年の経験から、主として都会の小商人の如何にして生くべきかを二三述べて見たい。このことは同じく農村の人にもあてはまることになる。

    五千円と五千万円

 強者と弱者の対立、都会におけるその一つの例は百貨店と小商人との対立である。百貨店は潤沢な資本と、合理的な経営方法とによって、顧客をどしどし吸いつけている。このアメリカ式の近代的百貨店によって、一般商人がどれだけ打撃を受けたか、例えば呉服商をその例にとって見ても、東京市内の呉服販売額の約七割は、百貨店に奪われている。その他家具、洋物の六割を初め、僅か六七戸の百貨店が東京市内における小売総金額の四割を占め、残る六割を、十万を数える一般小売業者が頒けているのである。一小売商人の一年の平均販売高は五千円に満たず、その利益千円に足らざる収入で、どうして、高い家賃を支払い、高率の営業税を払って生活して行けるだろうか。しかるに百貨店の一年の販売高は五千万円にも上るものがある。この一軒で小売商約一万軒の商売をしているのだから、容易に太刀打ち出来るものではない。
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