も費用がなかなかかかる。自動車一台でまず一万円以上するだろうし、修繕費は要る。運転手の費用とか、その他いろいろの費用を見るとなかなか要る。これもサービスで結構だというけれども、東京中の人を乗せるのなら、これが本当のサービスだけれども、自分の店の近辺を通る人を乗せるだけでは、真のサービスとも思われない。だからこういうことも私の店ではやらない。一方に経費をうん[#「うん」に傍点]と省かなければ勉強は出来ない。無駄な経費を飽くまで省くということがつまり勝利を得る所以だと、私は常に考えて居る。
御用聞き廃止
次に御用聞きということも私はしない。これは酒屋さん、あるいは八百屋さんなどは、まだ日本ではちょっと止められぬかも知れないと思うが、これも原理として御用聞きというものはすべきものではない。これをして居ったのでは結局負けると思う。今日小さい商店が一番悩んでいるのは百貨店と公設市場の問題である。公設市場はものが安い。御用聞きに来る肴屋、八百屋などに較べると安いといって、みな公設市場に買いに行く。これは安く売れるわけである。何故かというと御用ききに来る方の商売人にして見れば、あの重い荷を担いで狭い裏通りに入って来て、「今日は」と廻る。奥さんの手がふさがって居って、何んだかんだとしばらく待たされ、いや今日は魚は止めだと言われる。またお願い申しますと言って帰る。そんな具合で三日に一度ぐらいしか用がないのに、重い荷をエッサエッサと担いで毎日廻らなければならぬ。そうして勘定になると月末の勘定である。しかもややもするとその月末の勘定が貰えないで、二月も三月ものびる御得意もあれば、何百軒の中には、一軒や二軒は月末になるとどこかへ行方不明になってしまうものもある。こういう不利益、いろいろな手数をかけているから、どうしても公設市場の物より高くなるのは当然である。公設市場が安いというのは配達料を見ず、貸倒れを見ず、集金の費用も見ずですから市場ではものが安く売れるわけである。今の日本の家庭のように、奥さんやお嬢さん達が面倒くさがって奥に引っ込んで居って、御用ききが来ても、女中伝えで物を注文するというような不合理なことをしている家庭が多いうちは、まだ御用きき制度というものは役に立つけれども、とにかくこういうことをしていると、自然高く売らなければならぬ。公設市場が安いのは無駄な費用が省け
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