ものではないと思う。私の店は三十年の間に、ちょうど売上げが二百倍になったが、私は正札主義で、どのようなことがあっても割引はしない。それでずいぶんお客様の感情を損ねた場合もあるが、その代り、もうこれより勉強の出来ないぎりぎりの決着の値をつける。いくら頑固に、俺の所は負けないと言っていても、他の店より高い値をつけておけば、誰も買いに来なくなってしまう。正札という事と最大の勉強ということとは、ぜひ一緒に行わねばならぬ。そういうふうにすればさらにやましい所はないのだからやたらに小さくへり下る必要はない。お客様に対して良い物を安く売ってあげるのだという腹があるからお客様の無理に対して、ヘイ御無理御もっともという必要はない。あまり無理をいうお客ならこちらからお断りする。そういう底力があったならば、自然そこに強味と自信が出来る。お客様の方でもやはり頼もしい、ああいうふうに確信を持っている店なら必ず高くはなかろう。我々を引っかける事はなかろうという信用が出来ますから、店はますます繁昌する。

    無料配達廃止

 そこで正札制をやって、断じて割引の出来ない値段を発表しますと、無料配達というようなことも出来なくなって来る。もちろんこれは皆様の中には、色々な商売をやっておられて、一様に申せない向きもあろう。この間もこの話が出たら、ある炭屋さんが、あなたのように菓子屋さんはそれはなるほど正札で、配達しないというわがままも言えるだろうが、私のような炭屋は「配達致しません、奥様どうぞお持ち帰り願います」というわけには行かないとこう言う、これはもちろんそうでしょう。無料配達をやらぬと言うのも程度があって、炭だの薪だの近所のお客様に対して、うちでは配達しませんから奥さんお持ち下さいというわけには行かぬ。それはやはり常識で、そういう場合を言うのではない。この頃は百貨店で無料配達を盛んにやっている、初めは郊外ぐらいだからよいと思っていたが、前橋、高崎、軽井沢、小田原、箱根、または千葉方面まで無料配達をしている。石鹸や金盥を買っても配達をする。聞いて見るとこの一個当りの配達費に六十銭も七十銭もかかっている。こういう無謀なことを一方にしているから、自然何かでうんと儲けるという、そこに一つのからくりを要する。それでなくては営業が成立って行かない。
 私は総じて利益というものは、店の経営費と生活費さえと
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