能率より無駄を省け

 スピード時代だからとて、能率万能の如くに申さるる向きもありますが、私は今日の如く機械力が進めば、だいたいこの方面の問題は解決する。従って能率についてはさほど心配の必要はないが、スピード時代の弊害として、とかく物を粗末にする傾向が甚だしくなってまいりましたから、我々はこの点に対する注意を怠ってはならないと思います。否むしろかかる時代において、さらに一段と注意を払って、物を大切にして、微細な物といえども決して粗末な扱いをしないようにすることが、より必要なことであります。
 菓子職人においてこれを観ますと、材料の扱い方が実に粗末で、パン職人の如きはちょっとした焼き損いや不出来なものは、自らの失敗をおおわんがために燃してしまうのであります。料理人は主人のものという頭が働いているからでありましょうが、これは誠に悪い傾向であります。私はこのような悪傾向は何とかして一掃したいと考え、絶えず注意を怠らずに居たのであります。昔は我が国でも物を大切にするよい習慣がありまして、米一粒でも粗末にすると仏罰が当るといってやかましく戒めて居たのでありますが、近頃ではかような立派な考えは全く地を払った様であります。
 また西洋人は経済思想が発達して居りまして、よくものを大切にしこれを利用することを研究します。日本料理などでは、良い部分だけを用いて他は棄ててしまいますが、西洋では骨も筋も少しも捨てず脳味噌までも利用致します。日本古来の戒めは物に対する感謝からであり、西洋のは経済思想の発達からでありますが、現代の日本人にとっては、ともに採って以て範とすべき美点と考えます。私の店で数年前雇入れたロシヤ人のチョコレート技師は、この点実に見上げたものでありまして、ほとんど紙一枚、釘一本といえども粗末にしない。例えば、チョコレートやクリームを紙に巻きしぼり出して菓子に飾りを描いたその紙を日本の職人はそのままポンと投げ捨ててしまいますが、このロシヤ人は、その紙を粉の上にチャンと伸ばして、さらにその上に粉をふりかけ紙に付着した材料をば綺麗に拭い取って、初めてその紙を捨てるのであります。一事が万事で、彼の工場には塵一つ落ちて居らないのであります。彼の俸給は四千円でありますので、最初は少し高過ぎたかと考えましたが、彼の働くチョコレート工場はもちろんのこと、他の六つの工場までが皆彼
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