てい所期の目的を達することは出来ません。店の創業時代、夫婦だけ働いて居る頃には模範的の商店として、評判の良かったものが、大勢の人を使うようになってから、急に人気を失った店が少なくありませんが、皆この点において欠くる所があったからであります。
 店の不統制、乱脈の責任は実に主人にあるのでありますから、主人なる者は常に虚心坦懐、人にはあくまで公平にして私なく、かつ懇切なるを絶対条件と致します。

    俸給

 第二は俸給の問題であります。沢山の俸給を与え、僅かしか働かないならば誰でも喜ぶものでありますが、そういうことをしては、良品を廉く売る事は出来ません。勢い他店との競争に負けることになります。俸給はだいたい世間並みに標準の下にあって、しかも一般以上の成績を挙げることを考究せねばなりません。
 私は今より四十余年前、早稲田の学校で少しばかり経済学を学びました。その時の講師で後に東京高等商業学校の校長になられた松崎蔵之介先生のお話に「当時独逸は英国に較べて非常に貧乏で、官吏の俸給の如きも、英国の三分の一位より与える事が出来なかった。しかし妻帯するとか、子供が生れた時にはそれに対して相当の手当を与えるという親切なる注意があったために、独逸の官吏は英国の官吏に較べて、かえって成績が勝って居た」という事でありました。
 なるほどこれは面白い事だと思いまして、これを自分の店にも応用して見ましたところ、大いに効果が挙りました。これは母校の賜と感謝して居る次第であります。
 私の所の店員の俸給は、充分とは申せないのでありまして、三井、三菱では二三百円も与えて居るくらいの者に対して、ようやく五、六十円よりやって居りません。独身の間はこれでも充分で貯金まで致しますが、妻帯して一家を持ちますとこれでは足りませんから、別に家持手当として俸給の三割を与え、また子供が生れるとか、老人のある者には別の手当を与えます。これはかの独逸派を参酌したのであります。

    夕食手当

 私の所は食べ物を製造販売する店でありますから、店員はすべて朝も、昼も、夕方も皆店で食事をしてよい事になって居ります。これが習慣となって妻帯しても家庭で食事せず、やはり三食とも店でするのを見受けましたので、家持店員は夕食だけは必ず家に帰って家族と共に食事する義務ありと定め、その代り夕食手当を特に与えました。この取計いは
前へ 次へ
全165ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング