電報ときいてぎょっとしたが、恐る恐る開いて見るとそれは店から打ったもので、「売上げ二千円を突破す」という吉報であった。
そういうふうで、昭和三年は中村屋の素晴しい躍進を記録した年で、その売上げは三越支店開設当時に比し、優に二倍を超過した。この意味において三越の新宿進出は、中村屋を一人前に育ててくれたものとして大いに感謝に値するのである。
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中村屋の喫茶部開設については、その二、三年前からすでに気運が動いていた。今日でこそ新宿には多くの喫茶店が軒をならべ、各々その特色を発揮して景況いよいよ盛んだが、昭和二年にはまだ喫茶店らしいものは一軒も見当らなかったのである。しかし土地が次第に賑やかさを加えるにつれ、自然茶をのむところの必要も感じられ、中村屋のお得意からもちょっとした小休み程度の喫茶部を設けてほしいがという希望はたびたび出ていた。
しかし私は、喫茶のような丁寧なお客扱いは容易に出来るものでないからと独りぎめにきめて、それまで手をつけなかったのであるが、婿のボースが、彼の祖国印度に対する日本人の認識の誤りがちなのを歎き、中村屋で喫茶部をおくならば
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