生であった安雄は古参の店員たちや支配人に説かれて賛成の意を表し、妹の千香子に実印を出させて契約証に捺印してしまったという。私は全身がふるえるほど、彼らの浅見と軽率が心外でならなかったのです。
 しかし私は思うところあって、直接そのことに関係した人たちには何も言わず、代表的に安雄一人を極度に叱りその不心得を責めました。主人や主婦の不在をことさらうかがったというわけでもなかったでしょうが、帰京の時期も判っているのに、それをも待ち切れず従来の方針を覆したことは、中村屋の存亡にもかかわる一大事でありました。
 初め中村屋を株式組織に改めた時、私たちは店員の年功者に一銭の払い込みもさせず、株式を贈与しました。それゆえその人たちは株主となり、自ずと権利を主張するようになったものと思われるが、これでは我々の好意がかえって彼らに害を与えたことになるのでした。彼らは権利は勝手に行使するが、義務のあることを知らない。それゆえこういう事態を惹き起したのではないか。これは悪かったと、私はまず自分たちを反省せずにはいられなかったのです。
 私は少しぐらいの損をしても早く取り消すことを主張しました。が主人は寛大に
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